少年たちはなぜギャング団に入るのか? 世界一治安の悪い国ホンジュラスで起きている事
ジャーナリストの工藤律子さんが執筆し、開高健ノンフィクション賞を受賞した『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社刊)は、ホンジュラスと若者ギャング団「マラス」への取材をもとに書かれた一冊だ。
本書の中で工藤さんは、マラスから抜け出した人、マラスを半分引退しつつも影響力を持っている人、さまざまな人たちにアプローチをしているが、そのすべてが壮絶な物語である。
インタビュー前編では「アンドレス」という、マラスを逃れてメキシコにやってきた青年について工藤さんにお話をうかがった。彼は国境を越えるという手段を使って、マラスの呪縛から離れられたわけだが、そうではない方法でマラスから抜け出す人もいる。
それが「神に仕える」という方法だ。
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――工藤さんが取材した中の一人、牧師補佐のアンジェロは、元ギャングのリーダーで、犯罪をやり尽くしたあげく、殺人まで犯して刑務所に入ります。その中でも高い人心掌握力を発揮し、囚人たちのトップまで上り詰める。この人は根っからのギャング気質なんだなと思いながら読みました。
工藤:カリスマ性がありますよね。
――アンジェロの口から、さまざまなエピソードが語られるじゃないですか。牧師のイメージと全く合わないというか、どうしてこの人が教会に入ったのだろうと不気味に思えました。取材をしていて怖さは感じなかったですか?
工藤:怖くはないですよ(笑)でも本当にすごいカリスマ性の持ち主だと思います。
格差の激しいラテンアメリカでは今でも「革命が必要だ」と思っている人はたくさんいて、物事をひっくり返せば何かが変わるだろうという意識が強いと感じます。ただ、自分にはそれができないから、それを実現してくれそうな人に憧れるわけですね。
貧富の差もそうですし、「これはおかしいぞ」というものばかりを見せられて育ってきたから、「(社会を)変えるべきだ」という意識はすごく強い。だからアンジェロのような人は魅力的だし、ついていきたくなるんだと思います。
牧師としても説教はとても上手です。言っていることも正しい。彼の話は、キリスト教徒ではない私たちが聞いても「なるほど」と思えます。だから彼が話してくれたギャング時代や刑務所時代のことは、にわかには信じられませんでした。
――アンジェロと同じように教会に入ることでギャングを抜け出し、教会に入ってボランティアをしながら、ギャングの若者たちに語りかけるラップミュージックを作っているネリという若者も出てきます。やはり中米諸国においてキリスト教は強い力を持っているんですね。
工藤:そうですね。私たち日本人はご飯を食べるときに「いただきます」と言いますが、それに近いくらいの習慣的な存在かもしれません。生活の中にキリスト教の考え方が根付いていて、彼らからは「神さまはいつも見ている」という言葉が普通に出てくるんですね。
そして、何か成し遂げることができれば、本気で「神さまのおかげでできた」と言う。それは人間だけの力では無理で、何か大きな力が働かないとできなかったに違いないと考えるからでしょう。そういう力を信じているからこそ、救われている部分もあると思いますね。
――マラスは組織から抜けたら追ってきます。でも、教会に入ると「マラス」たちは追ってこないのはなぜなのですか?
工藤:それはギャングにとっても神の存在は大きいということだと思います。悪党に救いの手を差し伸べられるのは、最後は神しかいない。「神に仕える」ことは全てを超えて正しいのです。だから全身全霊を神に捧げようとしている人に危害を加えることはできないのではないでしょうか。
ただ、もちろん「マラスから逃げたいから教会に入ります」というのはNGです。本気で神に奉仕していなければ、すぐにバレてしまいます。結局狭いコミュニティの中でつながっているので。
――教会に入ること以外でギャング団から抜ける方法はあるのですか?
工藤:少なくとも私が知っている限りはありません。アンドレスのように、その場から姿を消すくらいしか。
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一度入ったら、そう簡単に抜け出すことができないギャング団。そして、入った若者たちのほとんどは若いうちに命を落としてしまうという。
工藤さんはホンジュラスで、すでにギャング活動とは一線を画しているが、今なお強い影響力を持ち続けている大人たち――「穏やかになったギャング」にも取材を試みている。彼らは「生き残った者たち」である。
ホンジュラスの社会に巣食うギャング団。その問題の根本の一つは、子どもたちにとっての選択肢が少ないということがあげられるだろう。
日本ではいくらでも将来に夢を見ることができる。しかし、彼らは生まれた環境ですべてが決まってしまう。生まれたときからさまざまなハードルがあるのだ。それを乗り越えるカギはどこにあるのだろうか?
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――子どもたちがマラスに入るかどうかの差は、教育なり家庭環境なりの差なのでしょうか。
工藤:それは大きな理由の一つですね。例えばアンドレスの場合は、父親が麻薬の売人をしていてマラスに殺され、敵討ちを考えるという背景があるので、余計マラス以外の道が見えなかったのだと思います。
彼と同じスラムに住んでいても、マラスに入らずにコミュニティセンターでスポーツをするなど普通に暮らしている子どもたちもいるんです。
それは、その子の家族に麻薬に関わっている人がいなかったとか、知り合いにコミュニティセンターに行ってみれば?とアドバイスをしてくれる人がいたとか、周囲の環境に依るものが大きいんですよね。
――この本の終盤、エルネストというホンジュラスの社会学者が、「人材育成」にフォーカスしたNGOの取り組みについて語っています。
やはりどんな子どもでも「認められたい」「敬ってほしい」という欲求はあると思いますが、そういった自尊心を高めて、選択肢を増やすことが今求められているのではないかと考えました。
工藤:アンドレスも言っていましたが、みんな良い子なのにギャングになってしまうのは、どこかでリスペクトされたい、自分のアイデンティティを見い出したいと思っているからでしょう。
貧困問題を根本的に解決するには、NGOの活動だけでは難しく、国の政治や経済、司法のあり方も変えて行かなくてはなりません。
ただ、エルネストが言っているように、子どもたちがギャングのような世界に入らないようにしていくには、国を変えることと同時に、人生の選択肢がたくさんある「世界」を創らないといけないんです。
そこには日本も含まれます。大人が決めつけるのではなく、子ども自身に話し合いをしてもらい、いろんなことをやってもらい、様々な道が見えるようにする。それにはNGOでも個人でも取り組んでいるわけですよね。
まずは子どもたちにいろいろなものを見せて、自分で考えて動く力を身につけてもらうことが大切です。その繰り返しが必要なのではないかと思います。
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“世界最凶”とまで言われる犯罪国・ホンジュラス。その地ですべての子どもたちが自分で進む道を選び、アイデンティティを持って生きていくことは、今はまだ難しいかもしれない。
しかし、本書『マラス 暴力に支配される少年たち』に出てくるホンジュラスの人たちは、それが不可能ではないことに気付いていて、それぞれのアプローチで若者たちに語りかける。
世界の反対側で起きてい事実は衝撃的なものだが、突き動かす何かをもたらしてくれる一冊である。
(了)