作家が小説で「不倫」を描く理由 「いけないと分かっていてもおちる恋もある」
■村山さんが影響を受けた3冊の本とは?
――村山さんの小説を執筆するモチベーションはどこにあるのでしょうか。
村山:私にとって、続けられるものが小説を書くことだけだから、というのが一番近いかもしれません。他のことは興味を持ってはじめても続かなかったけれど、小説だけは23年間ずっと続けてくることができました。
もう一つ、子どもの頃から厳しい母が唯一認めてくれていたのが文章だったんです。そのおかげで、ふだんどんなに否定されたとしても、書くことに関してだけは、私自身も自分を認めてやれた。その想いを今も引きずっているところはありますね。その唯一を他人に奪われたくないという気持ちがありますし、文章で世に出て、この仕事を続けさせてもらって、今がある。
今は求められて小説を書ける立場にあって、それはすごく恵まれていることだと思います。だから、村山由佳の小説を期待してくれる方々の想いに応えるような作品を書かないといけないという、ある意味職人的な気持ちがありますね。
――『天使の卵』で作家デビューしてから23年、小説家として書きたいものは変わってきましたか?
村山:行き着きたい場所は変わらないと思います。ただ、同じ山を登るにしても足場の悪い、険しい道を選んだり、登頂したときに達成感がある方を選ぶようになったという変化はありますね。
根源的なテーマは「それでも人は生きていかなければならない」というところにあって、それが晴れやかな形で提示できるときもあれば、そうではないときもあります。でも行き着く場所は同じ。それが私にとって小説を書くという行為なんだろうと思います。
――では最後に、村山さんご自身が影響を受けた3冊の本をご紹介いただけないでしょうか。
村山:一冊目は『ごんぎつね』です。「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」と兵十が気付いた瞬間に、ごんは死んでしまう。人と人はこんなにも分かりあえないものなのかということを、最初に私に叩き込んでくれたのがこの作品でした。
だから『天使の卵』は、私にとっての『ごんぎつね』のようなところがあります。まさに原点ともいえる本ですね。
二冊目はジョン・スタインベックの『ハツカネズミと人間』です。これも悲惨な、理不尽な物語ですね。初めて読んだのは小学校5年生のときで、分からないことがたくさんあったんです。
ただ歳を重ねて、人生経験を増やすごとに理解できる幅が広がっていき、「人は自分の経験で小説を翻訳して読む」「経験値が増えると物語を深く読めるようになる」ということに気付かされました。実体験をともなわない限り、読書だけでは人は成熟しないというところですね。
三冊目は佐藤愛子さんの『戦いすんで日が暮れて』という、私が生まれて間もなくに直木賞を受賞した古い作品です。
愛子先生の体験がベースになっているのですが、別れた旦那さんの借金を本来なら背負わなくてもいいのに、「私が返します!でも今は一銭もお金がない。返してほしければ働く私の邪魔をしないで!」と言って借金取りたちを追い返す。しかも結局は借金をきっちり返してしまう。
すでに90歳を超えられていますが、2年ほど前に『晩鐘』という、『戦いすんで日が暮れて』から連なる長編小説を書かれています。愛子先生の作品は、女性が一人で物書きをして筆一本で生きていくことの壮絶さが胸に迫ってきます。私自身、励みになりましたね。
■取材後期
個人的に、女性の作家さんにお話をうかがうときは、普段とは違った緊張感を持ってのぞむのですが、村山さんはどんな質問にも丁寧に答えてくれました。ありがとうございます。 さて、この『ラヴィアン・ローズ』は女性視点で進んでいくサスペンスですが、男性の視点で読み進めていくと、女性の「怖ろしさ」に震えてしまうかもしれません。そのくらい衝撃の走る小説です。 インタビュー中には、また『天使の卵』のような小説も書きたいとおっしゃっていた村山さん。次回作にも期待です。 (新刊JP編集部/金井元貴)
■村山由佳さんプロフィール
1964年東京都生まれ。立教大学卒業。会社勤務などを経て、1993年『天使の卵――エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で直木賞を受賞。2009年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞を受賞。その他の著書に、母との葛藤に正面から向き合った自伝的小説『放蕩記』、累計200万部を超える「天使」シリーズの最終章『天使の柩』、かけがえのない存在との出会いと別れを香りとともに描く小説集『ワンダフル・ワールド』などがある。(書籍より引用)