だれかに話したくなる本の話

「外に出て多様な価値観を身につけるべき」――アフリカ駐在の新聞記者による国外のススメ

少し前にインターネット上で「旅をして人生が変わったといっている人は中身がない」といった言葉が話題になった。

確かに旅ばかりしていても、それが自分の変化につながらなければ、意味がないと考える人もいる。ただ、頭が柔軟である若いうちに海外を体験し、自分がいる環境とは異なる価値観に触れることには、おそらく意味がある。それがその時に明確な変化をもたらさなくても、だ。

朝日新聞記者で現在アフリカ特派員として南アフリカのヨハネスブルグに駐在する三浦英之さんは、第二次世界大戦中、満州国にあった国立大学・建国大学の卒業生たちがどのような戦後を歩んだかについて追いかけた『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』(集英社刊)で、異民族の間で生まれた友情を書き上げている。

建国大学では日本、中国(満州)、朝鮮、モンゴル、ロシアの若者たちが集まり、民族の壁を乗り越えて、友情を育んだ。自分と異なる価値観がすぐ側にあるということは貴重なことであり、自分自身のことを知る絶好の機会でもある。

三浦さんは「こちらから外に出ていって吸収することが大事」だと述べる。それは三浦さん自身が新聞記者として世界を見ているから、余計感じるのだろう。このインタビューは若い人へのエールが詰まっている。

(取材・文/金井元貴)

■多様な価値観に触れることの目的は「正しい判断をするため」

――現在の日本で建国大学のような学校をつくることは可能だと思いますか?

三浦:それはすごく良い質問ですね。金井さんはどう思いますか?

――大学の意味が変わってしまっているというか、今は就職するための予備校のようなところがありますから、民族共和を目標にすることは難しいように思います。

三浦:そうですね。おっしゃっていることはある意味で正しいのかもしれません。建国大学は、満州というできて間もない国の中で生まれて、これから満州を牽引していく人材を育成する場でした。だから、一致団結していた。今の大学はどちらかというと、すぐに社会で役立つものを教えましょうという部分が強くなってきています。

今の世の中で建国大学のような大学をつくれるかというと…。難しいかもしれません。日本にそういう大学を作ることも大事だけれども、一方で日本の若い人たちを世界各国に送り込まないといけないと思います。それはアメリカだけに限らず、アフリカ、中東、アジア、ヨーロッパと。アメリカは学生の受け入れを国策としてやっていて、そこで世界各国のエリートたちにアメリカ的な価値観を教え込んで、対話の窓口を増やしているわけですよね。

ただ、世界はアメリカだけではありません。特に日本人が疎いのが中東です。アラビストというアラビア語を話せる人がほとんどいないし、アラブ文化に精通している人も少ないでしょう。

――確かにほとんどいませんね。

三浦:だから、イスラム国の問題が起きたときも、正しい判断できなくなるんです。対話するための窓口が少なくなってしまうから、情報も入りにくくなる。日本はもともと移民が少ないので、こちらから外に出ていって吸収することが大事です。海外旅行でもいいし、留学でもいいですけれど、いろんな価値観を有することで、特定の思想に惑わされずに自分の判断ができるようになるわけですから。

――この本に出てくる人たちは民族を超えた友情を共有していますけれど、これは本当にすごいことだと思います。

三浦:建国大学の卒業生たちはそこで6年間寝食を共にしているわけですから、固い友情が築かれています。でも、実際留学しても現地の友達ってなかなかできないものですよ。知り合いくらいはつくれるし、メール交換もできるけれど、「友人」として語りあえる人をつくるのは僕の経験からすれば、すごく難しいです。

――本書は第13回開高健ノンフィクション賞を受賞されましたが、そのときはどのような心境でしたか?

三浦:担当編集さんから電話をいただいたのですが、もともと手が届かない賞だと思っていたので、嬉しいが半分。あと半分は問題にならなければいいなと(苦笑)。

――どのようなことをご心配されたのですか?

三浦:まだ中国や韓国で生きていらっしゃる人がいますし、彼らは取材を中断されるような環境にいるわけですよね。だから、この本が取材相手に対して害を与えてしまう、加害的な要素があることを懸念していましたし、それは今もあります。

もちろん多くの人は建国大学の名が残って嬉しいとおっしゃってくれますが、そういう風に思わない人、つまり今も苦しい状況下にいる卒業生への影響を懸念する人も少なからずいるのが実情なのです。僕自身、中国や韓国に留学をしたり、勤務をしたりした経験がないので、どこまでがOKなのか、どこからが危険になるのか、十分につかみきれないところがありました。今後どのような影響が及ぶのか注視しないといけないと、僕自身考えています。
だから、もし賞が取れなければ書籍化はしないつもりだったんです。何でも出版すればいいというものではなく、神様が「まだ足りないよ」と言ってくださったわけですから、その判断に従おうと。

――出版後、さまざま批評が寄せられたと思いますが、どのような感想をお持ちですか?

三浦:嬉しかったのは、近現代史に真摯に向き合ってこられた作家さんたち、例えば『李香蘭 私の半生』の共著者である藤原作弥さんですとか、夢中になって読んだ『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道』を著した梯久美子さんといった方々から書評で好意的な評価をしていただいたことですね。

この『五色の虹』は建国大学よりも卒業生たちのヒューマンドキュメントに焦点を当てて書きました。だから言葉を悪くいえば、専門書でなく、一般の人々から広く受け入れてもらいやすいように書いています。だから、建国大学のことをちゃんと描いていないじゃないか、というような専門家の人々からの批評を覚悟していたのですが、多くの方々に「新しい側面から建国大学の存在に光をあてた」という捉え方をしていただいて、正直ほっとしています。

――やはり批評は気にされるのですか?

三浦:そうですね。僕自身、本に囲まれて育った人間なので…。でも、本当に敬愛すべきノンフィクションの作り手の方々に好意的な評価を頂いて、とても光栄に思いました。

――今後書きたいテーマがあれば教えてください。

三浦:たくさんありますが、もう出されているものの類似テーマは書かないようにしています。私は新聞記者なので、ニュース性があるものにこだわっていきたいと考えています。建国大学というテーマも当時、私はニュース性があるものだと考えていました。その存在を知る人も少なかったですし、そこの卒業生たちがどういう人生を送ってきたかも知られていなかったので。書くのならば、日本人に知られていない、なおかつ広がりのあるテーマを全力で取り組んでいきたいですね。

――この本をどのような人に読んでほしいとお考えですか?

三浦:若い人ですね。これは若い人たちの話だから(笑)。建国大学の卒業生たちが若い頃何をしていたかということを、僕がつなぎ役となって追いかけていくわけですけど、その中で、学ぶとはどういうことか、外に出るとはどういうことか、それらを知る上で彼らの姿は良いヒントになると思うんです。

また「日本人」にも読んでほしいですね。僕らは自分が日本人だと思っているけれど、実は日本人の多くが日本の本当の姿を知らないんです。たった75年くらい前までは台湾も朝鮮半島も日本だったし、満州もほとんど日本の色に染まっていました。僕らは今の日本しかしらないけれど、実は過去にはいろんな日本があった。その事実を知ってほしい。それは私に貴重な記憶を託してくれた、たくさんの建国大学の卒業生たちの願いでもあるのです。

(了)

■三浦英之さんプロフィール
1974年神奈川県生まれ。京都大学大学院卒。朝日新聞記者。東京社会部、南三陸駐在などを経て現在、アフリカ特派員(ヨハネスブルク支局長)。著書に『水が消えた大河で──JR東日本・信濃川大量不正取水事件』(現代書館刊)、 『南三陸日記』(朝日新聞出版刊)がある。

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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