「共感は必要ない」 小説家は「良い小説の書き方」をどう考えるのか
日本翻訳大賞の発起人であり、小説家、翻訳家、ミュージシャンなど多岐にわたるジャンルで活躍する西崎憲さんが、今度は自身が責任編集を務める文芸誌を創刊した。
その名も『たべるのがおそい』(書肆侃侃房刊)だ。
「食べるのが遅い」という個人的な事情をタイトルに据えたこのムックは、静かに、しかし確かに、日本の文芸に対するカウンターともいえるインパクトを残している。
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4月30日、快晴とともにゴールデンウィークの雰囲気が東京を丸ごと呑み込んだ日。下北沢の「B&B」のイベントスペースは、西崎さんと『たべるのがおそい』の執筆者の一人である小説家の藤野可織さんの2人の話を聞きに来た人で埋まっていた。
トークはまず、なぜ今、文芸誌を立ち上げたのかという話から、『たべるのがおそい』という奇妙なタイトルの由来に入る。
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藤野:『たべるのがおそい』。全部ひらがなだし、すごくインパクトのあるタイトルですよね。どうやって決めはったんですか?
西崎:文芸誌が出版社のシステムになっている中で、個人的なものを出そうと思ったんだけど、その個人的なものを体現するものが何かというと、個人的な事情だ、と。「走るのがおそい」「運動が不得意」「好き嫌いがある」…そういっいったことが個人を規定している。だから、そういうような個人的な事情を打ち出したんです。
藤野:あ、じゃあ西崎さんは食べるのが遅いんですか?
西崎:それが速いんですよ。
会場:(笑)
藤野:そうですよね。さっきお昼を一緒にいただいたときも、遅くはなかったです。
西崎:食べるのが速すぎて、遅く食べないといけないと思ってるんですよ(笑)。
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「タイトル」はあらゆる作品の生命線といえるものかもしれない。特に現代においてはそれが強い。タイトルでその本を読むかどうか決める人もいるだろう。最初に作者と読者が結び付く場所、それが「タイトル」だ。
だからこそ、2人が小説のタイトル付けについて話が盛り上がったのも当然のことなのかもしれない。
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藤野:小説のタイトルは、ストックしてはるタイプですか?
西崎:タイトルから考えることがあるので、確かに(ストックは)ありますね。それでタイトルだけメモをしたりして。
藤野:いいですね、面白いです。
西崎:タイトルから(作品を)作るのってラクじゃないですか?
藤野:ラクやと思います。でも私はなくはないんですけど、少ないです。
西崎:できるだけ無茶なタイトルをつけて、それに合わせる感じ。前に『飛行士と東京の雨の森』という作品を書いたんですけど、それはまずどんなタイトルだったらいいか考えて、それから全部内容を考えました。難しいんですけどね。
藤野:タイトルだけで詩になっていますもんね。この『たべるのがおそい』の「日本のランチあるいは田舎の魔女」というのも、詩みたいで素敵なタイトルやなと思いました。
西崎:「あるいは」って付くのは、19世紀はじめのゴシックロマンスには「or」ってつくのが多くて、つまりこれはゴシックロマンスのつもりで書いているんです。
藤野:面白い!私もそんなタイトルつけてみたいです!
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さらに、『たべるのがおそい』に収録されている作品を一つ一つレビュー。藤野さんは、ファンだったという今村夏子さんの「あひる」に対して力のこもった感想を語り、このムックを特徴づける「短歌」についての話では、自分が親しんだ短歌の話や、遊びで参加している句会で好評を得たという自作の俳句を披露した。
また、西崎さんの「良い小説を書くコツってありますか? 例えば親戚のお嬢さんがきて、どうしたら新人賞を取れるの?と聞いてきたらどう答えます?」というキラーパスに藤野さんは次のように答える。
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藤野:いろんな正確さがあるけれど、その正確さに奉仕するというか。あまり小説と自分を同一視しないということですね。自分と小説は関係なくて、これはいつも私が自分に言いきかせていることなんですけど、「自分は小説をただ書く機能を持ったもの」と思って書いたらいいんじゃないかなと言うかもしれないです。
西崎:一般的には、共感が大事というけれど。
藤野:そうなんですよね。
西崎:私も(共感は)いらないと思ってるんですよ。
藤野:私も共感が薄い人間なんですよね。だからあまり小説を書くときでも「ここを共感してもらえるんじゃないか」と考えたことがなくて。
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「共感」から離れる。「共感」を考えない。2人の作家が提案した「良い小説の書き方」は、もしかしたら読者である私たちに驚きをもたらすものだったかもしれない。
また、後半ではそれぞれのおすすめの小説を5冊ずつ紹介し、西崎さんによるギターの生演奏とともに、藤野さんによる自作小説と短歌の朗読を披露した。このようなイベントで朗読はあっても、生演奏がその作品世界を盛り上げるような演出はそう多くはない。西崎さんが奏でる繊細な音に乗った、藤野さんの浮遊感のある朗読はいつまでも聴いていたいと思う心地よさがあった。
新刊JPでは西崎さんへのインタビューを配信しており、なぜ今、文芸誌を創刊したのか、どのような狙いが込められているのかを語ってもらっている。こちらもぜひ読んでほしい。
(レポート/金井元貴)