「名誉毀損」をひっくり返す週刊誌の告訴対処法――「週刊新潮」編集長に聞く(2)
新潮社が発行する週刊誌「週刊新潮」が2月6日、創刊60周年を迎えた。
創刊以来数々の社会不正を糾弾し、スキャンダルを暴いてきた同誌は、最近でも「SMAP分裂騒動」を報じた記事や、「川崎中一男子生徒殺害事件」の犯人少年の実名報道が大きな話題を呼んだ。
「週刊文春」(文藝春秋発行)と並び、日本の週刊誌のトップに君臨する「週刊新潮」がどのように、どんな理念で作られているのか。同誌編集長の酒井逸史氏にお話を聞いた。
「SMAP独立騒動」や「報道の自由」、そして「紙媒体の未来」まで、様々な話題が飛び出した注目のインタビュー中編をお届けする。(インタビュー・記事/山田洋介・金井元貴)
■「川崎中一男子生徒殺害事件」実名報道の反響
――立場上、記事を載せるか載せないかといったような重大な決断をされることが多いと思いますが、編集長になってから行った最も大きな決断はどんなものでしたか?
酒井:毎週のように厳しい決断を迫られていますが、少年事件の犯人を実名報道するかどうかというのは、やはりかなり悩みます。
最近では「川崎中一男子生徒殺害事件」がそうだったのですが、すべての取材結果、報告を踏まえ、実名報道したらどんな反応があるかということも熟慮して、実名で報道することを決めました。
――「川崎中一男子生徒殺害事件」の実名報道の際は大きな反響がありました。編集部宛に抗議の電話がかかってきたりしたのではないですか?
酒井:電話はそれこそ回線がパンクするくらいかかってきました。でも、98対2で「よくやった」というものが大半を占め、身びいきを差し引いて考えても95対5で「賛成」の声が多かった。
この事件については、「二十歳を過ぎたら万引きでも名前が出るのに、それより手前ならどんなに残虐な殺人事件を起こしても名前が出ないというのはどうなんですか?」という問題提起の意味で実名報道をしましたが、もちろん我々は殺人事件を起こした少年は全員実名を出せと言っているわけではありません。その都度よく考えて、ごくごくまれなケースにおいて実名報道をすることがある、という姿勢です。
――1997年に「FOCUS」が「酒鬼薔薇事件」の犯人の少年の顔写真と実名を報道した当時、酒井さんは「FOCUS」の編集部にいらっしゃいました。川崎の事件の実名報道もこの時の流れを汲んだものなのでしょうか。
酒井:かならずしもそういうことではなくて、新潮社の媒体は「週刊新潮」にしても「FOCUS」にしても少年法について一言持っているメディアなんです。つまり「どんな事件であっても犯人が未成年であれば、メディアは判で押したように匿名にするのはおかしいんじゃないか」ということですね。
それは今お話しした週刊誌だけでなく「新潮45」という月刊誌にしてもそうで、この雑誌は1998年の「堺市通り魔事件」の犯人の少年について実名報道しました。
ところで、その時は少年側に名誉毀損で訴えられたんです。つまり、少年法に抵触する実名報道で名誉を傷つけられたということで少年側が民事訴訟を提起したということですが、争った結果、新潮社側が高裁で勝ったんですよ。
シンナーを吸って幻覚状態になった少年が通り魔的に人を殺害したという事件だったのですが、「少年法というのは必ずしも実名を報道されない権利を付与されているわけではなく、時には報道の方が優先することもある」というような判決が出て、これは2000年に確定しています。
だから、「流れを汲む」というのならこの判決の流れを汲んでいて、「週刊新潮」においても実名を報道することがある。それが昨年の川崎の事件だったわけですが、もちろん批判を受けることはわかっていましたし、やるべきかはかなり考えましたね。
――訴訟のお話が出ましたが、雑誌で発表した記事について訴訟を起こされた時はどんな心境ですか?
酒井:何のプレッシャーも感じませんね。僕自身、30年くらい週刊誌の編集部にいますが、何度となく提訴されています。裁判所の証言台に立ったこともありますし。
たとえば、プロゴルファーの横峯さくらさんのお父さんの横峯良郎さんが参議院議員に当選した直後、彼の愛人などに取材をして、どうやら彼が暴力団関係者とものすごく巨額の金が動くような賭けゴルフをしているらしい、ということがわかったので、それを記事にしたことがありました。
たしか、3回か4回書いたのですが、そうすると、横峯さんの方は「一切やっていない」と主張して、訴訟になるわけです。
日本の場合、書いた方に挙証責任がありますから、我々が「横峯さんが賭けゴルフをやっていたこと」を立証しないといけないのですが、普通に考えたら、映像でも残っていない限りこれはすごく難しいことですよね。一緒にやっていた誰かに証言してもらおうにも、証言したら自分が加担していたこともわかってしまうわけですから、嫌がって誰も裁判所に出てきてくれません。
――確かにそうですね。
酒井:だから当初はかなり厳しい状況だったんです。裁判所も「新潮社さん、どこらへんで和解するつもりなの?」という感じでしたし、弁護士も半分匙を投げていた。横峯さん側も勝てると踏んだのかカサにかかって、何千万単位の損害賠償を求めてきていました。
ただ、こちらとしては全然和解するつもりはなかったんです。それで裁判の時に記者が二人証人で出廷して、順番に自分が取材した内容を話していくと、裁判官も「あれ?」という感じでちょっと居ずまいを正す感じになった。三人目に僕が出たのですが、横峯さん側の弁護士の反対尋問では、賭けゴルフの証拠として、横峯さんの著書に書かれている「自分がいかにギャンブル好きか」を示す記述を挙げて行きました。
法廷にメモは持ち込めませんから全部暗記です。彼はたくさん本を出していて、その中に「さくらにゴルフを教えていた時は家の中でパターをやって入ったら300円渡していた」とか「自分は競馬が大好きだ」といった記述がたくさん出てくる。さらに言えば、ラジオでは「賭けゴルフをやっていたことがある」としゃべってもいるんです。
それらを一つ一つ挙げて、相手側の弁護士に「横峯さんはこれだけのことをやっているのに、本当に賭けゴルフをやっていないと思っているんですか?」と、逆に尋ねました。その後、愛人が証言台に立ってくれて、「どれだけ巻き上げられたかわかりません」と涙ながらに訴えました。
――しかし、横峯さん側も認めないでしょう。
酒井:そうですね。今度は横峯さん本人が出てきて、私はやっていませんと主張するわけです。でも、こちらの弁護士が上手に「“オリンピック”っていう賭けゴルフを知っていますか?」と聞くと「知っています」と言う。さらに、ルールを聞くとちゃんとルールを説明する。語るに落ちてしまったわけです。
そして、最後に裁判官が横峯さんにこんなことを聞きました。「暴力団との付き合いも一切ないと言ってましたけど、ゴルフをやり終わった後で相手が暴力団関係者だとわかったことはあるんですか?」と。そうしたら「それはあります」と(笑)。
これが決め手になって、我々の書いたことが真実だと認められて、裁判に勝ちました。「訴訟を匂わせれば書かないでくれるだろう」というのは、少なくとも週刊誌に関していえば通用しないと思います。「裁判やりましょうよ」となるだけなので。
――では、記事を載せるか載せないかという判断にも、訴訟リスクは影響しないということですか。
酒井:もちろんゼロではありませんが、「訴訟を起こされるから掲載をやめよう」ということはまずありません。
記事を出すからにはそれが真実だと考えているわけで、訴訟を起こされようが何をされようがまったく構わないですよ。
――しかし、訴訟で負けることもあるでしょう。そういうケースについても「報道は正しかった」と思い続けていますか。
酒井:負けるにしても「負け方」がいくつかあります。以前に郷ひろみさんと二谷友里恵さんの離婚について、離婚から10年以上経ってから「有名人の離婚の一例」として記事にして二谷さんから訴えられたことがありました。
この時は負けてしまったのですが、負けた理由は「記事が真実ではない」ということではなくて「プライバシーの侵害」だったんです。そうなると話が変わってくる。
我々の側からすると「結婚している時は散々プライバシーを切り売りして『愛される理由』なんて本まで出して大儲けしてきたのに、プライバシーの侵害もないだろう」という感じですよ(笑)。でも向こうは「もう別れて何年も経っているのに蒸し返されるのは嫌だ」ということで訴訟を起こして、我々は負けました。
この件が正しかったかどうかと言われたら、僕は今でも正しかったと思っています。いろんな負け方があるから一概には言えないのですが、裁判所の見方と僕らの見方に相違があるとは思いますね。
最終回 メディアへの「圧力」は存在するか は3月17日(木)配信予定!