自分自身の『成りあがり』を読みたいと思った――大森靖子『かけがえのないマグマ』インタビュー(2)
日常という空間の奥まではびこっているありふれた風景やモノ。それらを切り取り、ごちゃ混ぜにして、世界の見方を一変させてしまう。シンガーソングライターの大森靖子さんが書く歌詞はトリッキーなものが多いのだが、そんな力を内包しているように感じる。
そんな大森さんと詩人の最果タヒさんによる『かけがえのないマグマ』(毎日新聞出版刊)は、大森さんが語った自身の半生を、最果さんが文章で再構成することで生まれたノンフィクション小説だが、その後半部分(第二部)は大森さんの詩集となっている。
この本に書かれている歌詞には、その一つ一つに大森さんによる解説が付け加えられているが、「自動筆記した曲」(「私は悪くない」)、「(松田)聖子ちゃんへの業の歌」(「呪いは水色」)、「一度ブログを書いてそこから曲を書いてみる、というのをやってみた」(「hayatochiri」)など、想像の斜め上を行くようなコメントが多い。
彼女が創り出す言葉は、まぎれもなく面白い。だから、このインタビューを行う際に、テーマの一つに「言葉」というものを設定した。なぜあんなに面白い言葉の羅列を生み出せるのだろう。
中編ではその歌詞を切り口に、言葉について聞いた。また、思わぬところで、この本を作るきっかけとなったという、あの伝説的な名著の名前が飛び出して…。
(取材・構成・文/カナイモトキ、写真/ヤマダヨウスケ)
<インタビュー前編はこちらから>
■歌詞は異なる単語と単語を自分の感情で埋めて作っていく
――この本は2部構成になっていて、第一部では大森さんの半生が描かれ、第二部では大森さんの曲の歌詞を大森さん自身が解説されていますね。
大森靖子さん(以下、大森):そうですね。最果さんがセレクトしてきた歌詞について、私が答えるという形になっています。ただ、やっぱり最果さんは、自分のことを語ったときと同じように「これは事実ですよね」「これは転機になっている曲ですよね」って言ってくるんですよね。しかも、よく考えてみるとそれが当たっていて、「あ、そうかもしれないです」って(笑)。「私のことこんなに分かるんだ、すごい」って思っていました。
――大森さんが作る歌詞は、言葉の選び方や積み重ね方がとても独特だと思えるんです。だから、どんな風にこういう歌詞ができあがっていくんだろうと。
大森:基本的には「私はこういう風に考えています!」みたいなストレートなものを書きたいとは思っていなくて、この単語を使いたいとか、この単語と単語を組み合わせたら超面白くなるんじゃないかというところから始まって、その単語同士を自分の感情で埋めていくという感じです。
――言葉で遊んでいるような感覚ですね。
大森:うん、楽しいと思ってやっています。自分の哲学は、自分でも強すぎると思っているから…。
――意識的に自身の哲学は入れないようにしよう、と。
大森:そうですね。「マジックミラー」(*1)の歌詞はあえて自分の考えをすごく盛り込んでいるんですけど、感覚としては「大森靖子」というミュージシャンを自分がプロデュースするぞ、っていう感じなんです。「大森靖子はこういう仕事をしたほうがいいよ」っていうのを自分で作って。そういう風にすることはあります。
――ちょっと話がずれますが、この本の中で、「他人のことを歌うこと。私はずっとずっと普通のことだった」(*2)と書かれていましたよね。そうなると、今回のように自分のことを語って一冊の本にするという試みに対して、躊躇みたいなものはなかったのですか?
大森:それはあまりなかったですね。自分が書くわけではないから。矢沢永吉さんの『成りあがり』(*3)みたいな本を作ろうと言われたんですよ。それなら面白そうだし、日本人は成り上がりのストーリーが好きじゃないですか。それなら私も読みたいと思ったし。
――確かに「成り上がりもの」は胸を熱くします。
大森:この本は、愛媛の田舎から上京してきた女の子が成り上がって行くストーリーなので、これから「何かをしたい!」とか「やってやる!」っていう風に思っている人が読んだら、迷いがなくなると思うんですよ。私自身、迷いはずっとなくて、自分は天才だと思ってやってきたし、ずっと吹っ切れてきていたので。
――「ずっと天才だと思ってやってきた」とおっしゃいましたけど、例えば今から4年前、映画を撮影したり、最初のCDを出したりしていた頃の大森さんは、どのあたりまで未来の自分を見ていましたか?
大森:私、お客さんが一人だった頃から、「武道館に行ける」って思っていました。むしろそれが当たり前でしょって。初めて行ったコンサートがSMAPだったので、もともとライブって大きいところでやるものだって思っていたんですよ。その後にライブハウスの存在を知って、たくさんライブをするようにしたんですけど、それは出演しやすいからという理由もありました。でも、その頃からずっと(大きな会場でライブをする)イメージは持っています。
ただ、実際に武道館までの道のりをちゃんと考えているわけではなくて、実は全くないんですよ。「武道館でやるのは当たり前」って思っているだけで。
■「やってはいけないと言われていることでも、人に言われるまで分からない」
大森さんの発言は物議を醸し出すことが多い。なぜこんなに注目を集めてしまうのか――それを考えたときに、この人は「なんでもあり」なのだと思わせてしまう魅力が根本にあるのではないかと感じた。この人ならば、何か起こしてくれる。そう思えてしまうのだ。では、なぜ、そんな雰囲気を纏っているのだろうか。
――大森さんの歌詞や発言は、いわゆる賛否両論を呼びやすい部分があると思います。いわゆる性的な話題や言葉もどんどん投下してきますし、それに対して引いてしまう人も一定数いるのではないかと思うのですが。
大森:うーん、分からないんですよね。言っちゃいけないこととか、やってはいけないと言われていることでも、人に言われるまで分からないから、面白いと思ったらやっちゃう。怖いものがあまりないというか、こうやったらこうなるから怖いってあまり考えないんですよ。
――それは子どもの頃からですか?
大森:そうですね。小学生で、当て字で新しい漢字を作ろうっていう授業があって、「セックス」っていう言葉に漢字を当てたんです。そしたらすごく怒られて(笑)。
それに当時、少女コミック誌がちょうどエロくなりはじめた頃で、私はその漫画がエロいってことを知らずに買って読んでいたんですけど、学校で回し読みをしていたらその漫画だけ怒られて。なんで私だけ怒られるんだろうって思っていました。
――小学生のときに。
大森:そうなんです。でも、怒られている理由が分からないし、みんなもシーンとしちゃって。
――本の冒頭で、中学生になって周囲の友人たちがセックスの話をし始めるときに、人と違う自分について意識したことを書かれていますよね。
大森:それはすごく感じていました。私はその時点で処女ではなかったから、友だちの話していることを聞いて、「あれはどうやらいけないことだったっぽいな」って思って、初めて気づいたのかな。
――その「人と違う自分」という感覚は、今でもお持ちなんですか?
大森:音楽をやりはじめてからはあまり考えなくなりましたね。自分は超面白くて最高!って思ってきましたし、今でもそうです。
でも、「自分はできる」っていう感覚も小学生の頃からあったかもしれないです。習字とかピアノとか習い事が出来る子だったから、教室の廊下に飾られたりするのも私の作品で、勉強もできたから学級委員にさせられたりして。でも、本当はみんなよりも先にやっていたからできただけだから、学級委員の器ではないんですけどね(苦笑)。
【インタビュー第3回はこちらから!】
《注釈》
(*1)「マジックミラー」…2015年7月15日にリリースされたメジャーセカンドシングルの表題曲。2016年3月23日にリリースされる『TOKYO BLACK HOLE』に収録予定。
(*2)『かけがえのないマグマ』87ページ
(*3)『成りあがり』…1978年に出版された矢沢永吉の自伝。単行本が小学館から刊行されたのち、角川文庫から文庫にて発売中。この本は糸井重里が構成・編集を担当している。
■大森靖子さんプロフィール
1987年生まれ、愛媛県出身。ミュージシャン。美大在学中に音楽活動を開始。2013年にアルバム『魔法が使えないなら死にたい』『絶対少女』を続けざまに発表。2014年、エイベックスからメジャーデビューし、アルバム『洗脳』発表。2015年、全国ツアー後に妊娠を発表し、10月に男児を出産。2016年、活動を本格再開する
オフィシャルウェブサイト: http://oomoriseiko.info/
■リリース情報
両A面シングル『愛してる.com / 劇的JOY!ビフォーアフター』発売中
出産後復帰第1弾となる両A面シングル。
「愛してる.com」では亀田誠治をサウンドプロデューサーに迎え、洗練されたアレンジによるアンサンブルが鳴り響く曲に仕上がっている。また、「劇的JOY!ビフォーアフター」は、サウンドプロデューサーに奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)を迎えて制作された楽曲で、これら2曲に弾き語り曲「ファンレター」を加えた計3曲を収録。
完全限定生産盤は、豪華BOX仕様となっている。
メジャー2ndフルアルバム『TOKYO BLACK HOLE』
2016年3月23日発売
前作から1年3ヶ月ぶりのリリース。「マジックミラー / さっちゃんのセクシーカレー」や 「愛してる.com / 劇的JOY!ビフォーアフター」を含んだ全13曲収録。
*画像は初回限定生産盤のジャケット