だれかに話したくなる本の話

芥川賞作家の「人生で影響を受けた音楽アルバム」

出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第77回となる今回のゲストは、昨年12月に新刊『薄情』(新潮社/刊)を刊行した絲山秋子さんです。
 『薄情』の舞台となっているのは群馬県高崎市。その地での暮らしぶりや季節の移り変わりが丹念に描かれていくなかで、地方都市に暮らす人ならではの葛藤が浮き彫りになっていきます。「暮らし続ける人」、「戻ってきた人」、「移住してきた人」、同じ場所で暮らしながらそれぞれ異なった背景を持つ登場人物たちの出会いと再会の後に起きた出来事とは?
 この作品の成り立ちについて、絲山さんにたっぷり語っていただきました。

■絲山作品は「あらすじを追わない」方が楽しく読める?
――絲山さんといえば、昨年10月からラジオ高崎の「絲山秋子のゴゼンサマ」でパーソナリティとしても活躍されていますね。


絲山:ラジオ高崎といっても、リスナーの3〜4割くらいは県外の方で、九州ですとか北海道の方も聴いてくださっているみたいです。早朝の番組なのですが、コアな音楽ファンといいますか、音楽が本当に好きな人に熱心に聴いていただけていてありがたいですね。
小さな局でスタッフが少ないので、自分で何でもやらないといけないのですが、番組の企画から何から好きにやっていいと言われているので、ものすごく楽しいです。
高崎駅構内の新幹線の改札のところにスタジオがあって、始発の時間に合わせて番組を作っているんですよ。だから、通勤の方とか出張の方がみんな前を通って行くんですけど、先日ハチャトゥリヤンの「剣の舞」を流している時に、発車に遅れそうになっている人がスタジオの前を走っていて、曲と妙にマッチしていて可笑しかったです。駅ならではの面白さですよね。

――それは楽しそうですね!

絲山:生き甲斐です、ラジオは。小説だと、書いている時と読者が読んでくれる時のタイムラグがありますけど、ラジオはリスナーからリアルタイムで反応が来て、リスナーの悩み相談に別のリスナーが応えてくれたりします。小説もラジオもどちらも大事な仕事ですが、こういうことは小説の仕事では味わえませんよね。選曲だけで持ってるような感じでしゃべりは一向にうまくならないのですが(笑)。

――絲山さんが人生に影響を受けた本がありましたら3冊ほどご紹介いただければと思います。

絲山:まずは中学生の時に読んだル・クレジオの『調書』です。それまで小説というと「何かが起きて何かが解決されるもの」だと思い込んでいた節があったのですが、『調書』はそれを覆す小説でした。何事かの出来事は起きるのですが、それがしょうもない出来事で、しかも解決されずに、しかも自由で、すごくショックを受けたのを覚えています。「海外文学ってこんなにすごいんだ」ということを突きつけられました。
2冊目はダーウィンの『種の起源』。これは小学3年生の時に読んで部分的にしかわからなかったのですが、読んだことには何か意味があったと思っています。
最後は影響を受けたというより大好きで慕っている作家の作品で、志賀直哉の『母の死と新しい母』にします。志賀直哉は自分の中では別格で、日本の作家ではあらゆる時代を通じて一番好きです。短編書きとして本当に尊敬しています。

――大の音楽好きとして知られている絲山さんには「人生に影響を受けた3枚」もお聞きしたいです。

絲山:ありがとうございます(笑)。パティ・スミスのデビュー盤の『ホーセス』とXTCの『ブラック・シー』、あと一枚は難しいのですがシド・バレットの『その名はバレット』でいきましょう。XTCだけ大学時代で、あとの2枚は中学時代に聴きました。海外文学を読み始めたのと同じ頃ですね。

――最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。

絲山:私は実在する人物と、小説に登場する架空の人物を分けて考えません。たとえば、実在する人でも、友達の家族だと話は聞いても会うことがなかったりするわけで、登場人物たちについてもそのくらいの感じに捉えています。
『薄情』に出てくる登場人物にモデルはいませんが、「絲山の友達」とか「自分の友達の友達」とか、そのくらい身近に思っていただけたらありがたいです。
それと、小説を読む時は「あらすじ」を無理に追わない方が味わいやすかったり、楽かもしれませんよ、ということも伝えたいですね。特に私の小説はあらすじを無理に追わない方が楽しく読めるのではないかと思います。

■取材後記
かねてからお会いしたかった絲山さんということもあって緊張して望んだ取材(ICレコーダーの録音ボタンを押さずに取材を始めてしまいました…)でしたが、こちらの散らかった質問に気さくに答えていただいてリラックスすることができました。
「土地」を舞台にした小説は数あれど、『薄情』からはそれらのどの作品とも違った独特の手触りが感じ取れます。群馬にゆかりある人は共感する部分が多いでしょうし、そうでない人は自分の故郷とそこにいる人や地域社会について改めて考えることになるかもしれません。自分なりの味わい方が必ず見つかる作品なので手にとってみてはいかがでしょうか。
(インタビュー・記事/山田洋介)

この記事のライター

山田写真

山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

このライターの他の記事