第143回直木賞受賞!中島京子さんに聞く『小さいおうち』の原点(3)
出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』、第18回は先日、『小さいおうち』で直木賞を受賞した中島京子さんです。
最終回の今回は中島さんが作家になるまでの経緯や好きな本、今後の創作活動について存分に語ってもらいました。
■「あらゆる意味で、小説家になる前に仕事をしていて良かった」
―中島さんはかつてフリーライターとして活動されていたそうですが、そこから小説家になろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
中島「小説家になりたいという漠然とした思いはずっと昔からあったんです。でも、具体的に賞に応募したり、というのはあまりやっていなくて、それよりも大学卒業するから就職しなきゃ、お金も稼がなきゃというのがありました。紆余曲折を経て出版社に勤めたりフリーライターになったりするんですけど、根っこのところではすごく書きたかったんです。ずっと社員編集者をしていて、編集者としてのキャリアもできてくるんだけど、それにつれて“書きたいものがあるんだけど”という自分の気持ちはどんどん委縮して小さくなってしまって、それで30代のはじめくらいに決意してアメリカに行って一年間ぼんやりした後、帰ってきて書いたのがデビュー作なんですけど」
―ライターや編集者時代の経験が小説家としての活動に生きているという感覚はありますか?
中島「編集者の視点が生きているかどうかはわからないですけど、小説であっても小さなレストランの紹介記事でも、書き終えた後に読者の視点で読み直すことって必要ですよね。そういう意味では編集者をやっていたのは良かったんじゃないかと思いますし、ライターはいろんなところに取材にいくわけで、その中には自分の興味のないところもあるわけじゃないですか。そんな取材で思わぬ拾いものがあったりもしますし、あらゆる意味で自分は小説家になる前に仕事をしていて良かったと思っています」
―自分も含め、ライターは肝に銘じておかなければいけませんね。
中島「(笑)別ネタでも使えるって思っていると嫌なことも嫌じゃなくなりますよね」
―好きな作家がいらっしゃいましたら教えていただけますか?
中島「たくさんいるんですけど、好きな作家って聞かれると恥ずかしいんですよ(笑)なんでだろう…それで答えていたら“あの人も言えば良かった”ってなるし…なんか照れ臭いんですよね」
―では、最近読んで良かった本はありますか?
中島「今読んでいるのが奥泉光さんの『シューマンの指』。奥泉さんが好きなんですよ。歴史を扱われることもあるし、ミステリーっぽさが入っていたりとか、すごく仕掛けのある小説を書かれるのでとても触発される作家さんですね」
―これも答えるのが恥ずかしい質問かもしれませんが、人生で影響を受けた本がありましたら3冊ほど教えていただけますか。
中島「影響を受けた3冊は恥ずかしくないんです(笑)一冊は『鏡の国のアリス』。『不思議の国のアリス』も好きなんですけど。角川文庫の、岡田忠軒さんが訳されているものがすごく好きでした。あれって言葉遊びみたいなもので、翻訳が難しいんじゃないかと思いますし、他の翻訳者さんも、“いや、俺のが一番”って思っているでしょうし、それぞれに良さはあるんでしょうけど、私は最初に読んだのがそれだったので。
あと、カズオ・イシグロの『日の名残り』。これは執事の語りで物語が進むんですけど、私の今回の小説にはすごく影響を与えていると思います。
それと、ニコライ・ゴーゴリの『外套』もすごく好きです。身分の低い貧乏な役人が自分のボロボロの外套を新調することにする話なんですけど、何とも言えない可笑しさと可哀想さがあって好きなんですよね」
―今後も物語を創っていかれるかと思いますが、どのような作品を書いていきたいと思っていらっしゃいますか?
中島「密かに野心はあるんですけどね。あんまり大風呂敷を広げても…って思うと何にも言えなくなっちゃうんですけど(笑)ただ、小説っていろんなことができるものだと思うんですよ。書き方やテーマにしても。だからやってみたいことはたくさんあるんですけど、自分の努力が必要になってくるので、できるかどうかは今後の自分の課題としてありますね。まだ体力的にもできると思うので色々やってみたいと思います」
■取材後記
直木賞受賞直後ということもあり、お忙しいなかでも丁寧に取材に応じてくれた中島さん。好きだとおっしゃっていたカズオ・イシグロ、読んでみます!
(取材・記事/山田洋介)
(第1回 受賞の日は朝からそわそわ を読む)
(第2回「『小さいおうち』は戦争を経験した方々が生きているうちに書きたかった」 を読む)