「人身事故で遺族に莫大な額の賠償金」は本当か?弁護士が教える生活に役立つ法知識
裁判などの法的トラブルは、一度巻き込まれてしまうと時間もお金もかかる。できることなら一生かかわりたくないと考えるのが人情というものだが、離婚や遺産相続、近所とのトラブルなど、訴訟の芽は日常生活のあちこちに潜んでいるのも事実である。
万が一、身の回りで法的トラブルが発生した時にそなえて、法律の知識を持っておくことは役に立つはず。『弁護士高橋裕樹のマンガでリーガルチェック!』(高橋裕樹、忍田鳩子著、竹書房刊)はそうした時のための備えとなる一冊だ。
今回は著者の一人で弁護士の高橋裕樹さんに、法律トラブルを未然に防いだり、悪化させないための法知識や、弁護士として経験したユニークな案件についてお話をうかがった。
◾️相続、離婚、生活に役立つ法律の知識を話題の弁護士がシンプルに解説
――『弁護士高橋裕樹のマンガでリーガルチェック!』は、遺産相続や慰謝料といった、一般人にもなじみのある法律の問題をマンガで解説していきます。完成した本を読んだ感想はいかがですか?
高橋:かなり素の自分が出てしまっているなという印象ですね。相手にもよるんですけど、フランクに話せる人だとマンガのような感じになっていると思います。
――共著者の忍田鳩子さんが持ち込んだ法律にまつわる相談事や質問に高橋さんが答えていくという構成になっていますが、これはそのままこの本を作り上げるプロセスでもあったのでしょうか?
高橋:そうですね。電話で話したり、会って話したりしながら、という感じです。テーマについてもほとんどご本人が持ってきた内容です。
――法律に詳しくない人に対して、わかりやすく説明するというのは、普段のお仕事でもされていることだと思います。この際に気をつけていることはありますか?
高橋:やはりわかってもらえないと困るので、できるだけ例えを使って平易な説明をすることは心がけています。
――法律の条文自体は素人が読んでもほとんど理解できないわけで、それをかみ砕いて説明するというのは経験も必要でしょうし、難しそうです。
高橋:まさにその通りで、相談を受けていると頭が疲れます。法律について相手に理解してもらうということに加えて、100%勝てる事案だけではないので、それでも訴えることのリスクについても理解していただかないといけないので。
――民事で誰かを訴えたいと相談に来る方は「絶対勝てる」と思っていることが多いんですか?
高橋:そうですね。「いけいけどんどん」で戦ってくれという方は多いです。でも、「その事案だと、勝てるとは限りませんよ」ということも多々あって、そこをどうわかってもらうかというのも大事なんです。
――YouTubeでは時事ネタにまつわる法的な問題を解説されていて、とてもおもしろいのですが、今回の本では扱うテーマをかなり変えている印象があります。
高橋:YouTubeはまさに「時事ネタ」で、瞬間最大風速的なネタを解説しています。一方で、日常的なネタってあんまりYouTubeではありがたがられないんですよ。今回の本は逆に時事ネタを一切入れずに、5年後も役立つような情報を入れています。
――作中で「法律は前提が大きい」という考え方が何度か登場します。これは我々一般人が法律や裁判について知る際に役に立つと思ったのですが、高橋さんのいう「前提」というのをもう少し詳しくお聞きしたいです。
高橋:基本的にどんなことでも「今の状態」というものがあって、それを変えようとする人が裁判を起こすという図式があります。
たとえば「家にずっと居座っている人を追い出したい」とか「不倫を続けている夫にそれをやめさせたい」などですね。ただ、そうやって続いているものを壊そうとする時は、相当に壊す力がないと裁判では負けてしまう、ことです。
――作中では、離婚届を置いて家を飛び出してきた男性のお話が出てきましたね。数年後に再婚しようとして役所に行ったら、奥さんの方が離婚届を提出しておらずそもそも離婚が成立していなかった、と。再婚どころか不貞行為があったとして奥さんから慰謝料を要求される事態になった、ということですが、このケースで慰謝料を取るのは難しいだろうという見解を示されていました。
高橋:そうですね。男性は家を出た後、何年も他人と生活を続けているという状況があるので、いまさら不倫の慰謝料を取ろうとしても、「もう夫婦関係は成立しておらず、他人でしょ」という話になってしまうので。
――法律的に婚姻関係にあるかというより「他の女性と一緒に暮らしている」という前提の方が重視されるということですね。
高橋:慰謝料や財産分与というのは、もともと夫婦として一緒に住んでいたから「清算」として行うものです。この男性の場合は、実質的にもう別れているのだから、いまさら清算することはないという前提ですよね、と判断されやすいんです。
――また、「鉄道で人身事故を起こして電車を止めてしまった人の遺族は、鉄道会社から莫大な額の賠償金を請求される」という都市伝説めいた逸話もテーマになっていておもしろかったです。実際にはそんなことはないという見解を示されていましたね。
高橋:実際のところは、人身事故でどのくらいの損害が生じたのかという証明はすごく難しいんですよ。
――「多くの人の足を止めてしまったことで多額の損害が生まれる」というようなことが言われますよね。
高橋:そうであれば人身事故で足止めされたせいで何らかの損害が生じた人が鉄道会社に対して損害賠償を求めて、それを鉄道会社が遺族に請求するというプロセスが生じます。でも、実際は鉄道会社に損害賠償を求める人はほとんどいません。
――なるほど。仮に鉄道会社が遺族に損害賠償を求めても、遺族は「負の遺産」の相続を放棄できるというお話も紹介されていましたね。
高橋:そうですね。当事者はもう亡くなっているので。これが人身事故ではなくて、電車や駅で痴漢をして、線路を走って逃げた、というようなケースだと本人に損害賠償を請求できる可能性もあるのですが。
――人身事故で亡くなった方の遺族に鉄道会社が高額な賠償金を請求した事例は実際にあるんですか?
高橋:あります。認知症のおじいさんが線路に出てしまって電車とぶつかってしまったということで賠償請求されたのですが、家族に責任を負わせてはいけないという判決が最高裁で出たんです。
――そういえば、そのお話は認知症に関する本で読んだことがあります。
高橋:そうやって、この本の内容が読んでくれた方の記憶とリンクしてくるといいですね。
――普段関わる事案の多くは民事だと思いますが、先ほどのお話のように「勝てるとは限らない」という事案だけでなく「これは勝てないだろう」というような相談も受けることがありますか?
高橋:あまりに無理筋だと、依頼人も途中で気づくので裁判まで行かないことが多いですね。あと、やはり「採算は度外視でいいから裁判で相手をやっつけたい」という熱量って、そんなに長期間続かないんですよ。訴えたとたんに熱量は半分くらいになりますし、そういう案件はたいていが「負け筋」なんですね。そして、実際に裁判で負けると「弁護士費用だけとられた」みたいな顔をされたりもします。
――それは弁護士側としては嫌ですね。
高橋:こっちもそれは見えているので、相手にとって経済的合理性がない案件だと、ちょっと考えましょうか、と言ってやんわりお断りすることはあります。
――民事裁判というと相続や離婚関係が思い浮かびますが、これまでに体験したユニークな事例がありましたら教えていただきたいです。
高橋:相続関係だと、13年間解決せずに争い続けた案件がありましたね。それだけ時間がかかると関係者の方々がどんどん亡くなってしまって「そして誰もいなくなった」になりかけました。
――13年も争い続けると、本人たちも経過を忘れてしまいそうです。
高橋:それが覚えているんですよ。みなさんご高齢でお仕事をしていなかったので、その裁判がライフワークになっていたんですよね。だから、執着がすごかったです。
――離婚関係についてはいかがですか?
高橋:たとえば夫婦の夫の側が不倫をした時に、自分の奥さんを連れて相談に来ることもあれば不倫相手と一緒に来る場合もあるのですが、珍しかったのが、奥さんの側が旦那さんの両親と一緒に相談に来たケースですね。
――どういう事情なのかよく分からないですね。
高橋:「子どもと奥さんが可哀想だから、しっかりと訴えてお金を取ってくれ、反省させてくれ」と、親が言ってきました。
――「うちの息子がすみません」ということですね。それは奥さんには救いですね。
高橋:でも、やっぱり我が子がかわいくなって、いつ寝返るかわからないですよ。契約後にそうなったら厄介なので、二回目以降はもう連れてこないでくださいとお願いしました。
(後編につづく)