お金なし、スキルなし、やる気なしのデザイナー志望者を変えた出会いとは?
仕事で充実感や達成感を得られるかどうかは、人生全体の満足度と直結します。だからこそ、私たちは「自分に合った仕事」「強みを生かせる仕事」「楽しい仕事」を探しますが、それは誰もが手にできるものではありません。
『根性なしがWEBデザイナーに憧れて』(幻冬舎刊)の著者で日本デザインスクール校長として活躍している久保なつ美さんも、求める仕事と現実のギャップに苦しんだ一人だったそう。彼女はいかに「天職」ともいえるWebデザインの仕事と出会い、向き合ってきたのでしょうか。久保さんへのインタビュー後編をお届けします。
■お金なし、スキルなし、やる気なしのデザイナー志望者を変えた出会い
――久保さんの人生の転機となったのは、株式会社日本デザイン社長の大坪拓摩さんとの出会いです。それまでにも仕事で様々な方と会ってきたかと思いますが、大坪さんは何が違ったのでしょうか?
久保 :デザインについて初めてきちんと教えてくれたのが大坪でしたね。その前にいたデザイン会社にも優秀なクリエイターはいたのですが、天才肌すぎるといいますか、自分にはマネができないと思っていました。
この仕事にもセンスのあるなしはあると思うのですが、大坪はそのセンスを論理的に身に着けたタイプなので、「自分ができたんだから、君もできる」という前提で教えてくれたのが大きかったのかもしれません。
――「目玉を取り換えてみたら?」、「自分の頭で考えないで」など、久保さんが大坪さんからもらったアドバイスには、クリエイターとしてはプライドが傷つきそうなものもありますが、ムッとしたりしませんでしたか?
久保:ムッとしたことはなかったのですが、何を言っているのか理解できないというのはありました。だって目玉なんて換えられないじゃないですか。それを言ったら「じゃあ来世に期待だね」と言われたこともありましたね。
――「目玉を取り換えてみたら?」は、「もっといいものを見て、目を肥やしなさい」という意味ですよね。
久保:そうです。意味がわかるまでしばらく時間がかかりましたね。「自分の頭で考えるな」というのも、2年くらい言い続けられていて、「何言ってるんだろう?」とずっと思っていたんですけど、大坪がデザインはこうやって作るんだよというのを、パソコンを広げて実演で私に見せてくれたことがあって、その時にその言葉の意図するところがわかりました。
――自分のセンスだけでデザインするのではなく、参考を見つけてヒントを得なさいということですね。
久保:そうです。それまでは「反抗」じゃないですけど、あまり大坪の言うことを信じてなくて、アドバイスを真剣に受けとめていなかったところがあったんですけど、そこで変わりましたね。それまでは教えても教えても私がダサいものを作るので、大坪は私のことを本当にセンスがないんだなと思っていたみたいです(笑)。
――久保さんは現在、ご自身で立ち上げた「日本デザインスクール」の校長を務めていますが、大坪さんからもらったアドバイスも生かして教えているんですか?
久保:そうですね。参考を上手に取り入れるといったことも、まさに教えています。そのまま同じものを作っても、それは「丸パクり」でしかないので。
――どんな仕事でも一人前になるのは時間と労力が必要です。久保さんがデザイナーとして一人前になるためにやっていた取り組みについて教えていただければと思います。
久保:「できる人から学ぶ」というのが一番大きかったように思います。独学だと変なものを作ってもそれが変なことに気づかないので。私の場合は大坪に学んでいましたが、作ったものをたくさん見てもらっていました。
あとは、おいしい料理を食べたら「これは何が使われていて、どんな味つけをしたんだろう」と考えるようになりましたし、「このデザインいいな」と思ったら、それがどんなふうに作られたのかを分析したりもしていました。世の中にあるものは全部誰かがデザインしたものだと考えると、もう見るものが全部勉強ですよね。
――書籍後半は、クリエイティブな仕事につきもののストレスやプレッシャーからいかに心を守るかがテーマになっていました。Webデザインの仕事を始めてから一番メンタル的にきつかった時のことを教えてください。
久保:デザインを制作している時はそんなにきついことはなかったのですが、デザインスクールの方の売上が落ち込んだ時期はしんどかったですね。
ある程度スクールが大きくなってきて、生徒さんが増えてきたところで他のスクールさんが出てきたりして、売上が落ちた時期があったんですけど、その時は自分の役割がわからなくなって自信を失っていました。
――どうメンタルを立て直したんですか?
久保:その少し後に会社が倒産の危機だということがわかったんです。「くよくよしている場合じゃない。会社がなくなってしまう!」ということでお尻に火がついて、どうにかしないと、ということでまたエンジンがかかりました。
――ご自身の半生だけでなく「メンタル」についても書いたのはなぜですか?
久保:クリエイティブの世界で生きていると、うまく作れなかったり、自分が作ったものが否定されたりすると自分自身が否定されている気になって心が折れそうになってしまうことがあります。そんな時、私がどうしているのかを書けば、苦しくても「辞める」という選択肢をとらずに乗り越えられるんじゃないかと思って書きました。
本当にやりたい仕事、好きな仕事だからこその苦しさってあると思うんですよ。やりたい仕事だからこそうまくいかないと絶望してしまう。そんな時の心の拠り所になってくれたらいいなと思っています。
――最後に読者の方々にメッセージをお願いいたします。
久保:読んでいただくとわかると思いますが、学生時代から社会人生活のはじめの頃にかけて、私の人生は逃げてばかりのどうしようもないものでした。根性もないし、お金もないし、スキルもやる気もない。自分の人生がどうにもならないという絶望しかなかったのですが、そんななかであきらめられなかったのが「自分の人生を楽しくしたい」「仕事の時間を楽しくしたい」ということです。そこをあきらめなかったからこそ、Webデザインという天職に出会えたと思っていますし、この仕事を通していろいろな世界を見られたり、臆病だった自分に主体性が芽生えたりと、成長していくことができました。
この本を読んで「久保でもできたんだから、私にもできるんじゃないか」と感じていただけたらうれしいですし、あきらめなければ「仕事は仕事、プライベートはプライベート」と切り分けるのではなく、生活が丸ごと楽しいっていう状態が作れるんだよということを感じていただけたらと思います。
うちのスクールを受講している人が、「お守り」にしてくれるような本にしたいという気持ちで書いたのですが、クリエイティブな仕事を目指している人、やりたいことが見つからないという人にも読んでいただけたらうれしいですね。