だれかに話したくなる本の話

「誰も傷つかなくていい世界」を作るのにやさしさや本心は必要ない カツセマサヒコさんインタビュー(2)

多くの人が、過去に誰かに傷つけられた経験を持っている。それと同様、誰かを傷つけた経験も持っている。たとえその時は傷つけている自覚がなかったとしても、その「誰か」は今でもその傷に苦しんでいるかもしれない。

時代によって価値観や善悪の観念が移り変わっていくなかで、私たちは「過去の無自覚な加害」にどれだけ自覚的でいられるのだろうか。そして、「加害を行っていた自分」とどう向き合っていけばいいのだろうか。

カツセマサヒコさんの新刊『ブルーマリッジ』(新潮社刊)は、部下の告発から人生が瓦解していく土方剛と、ある出来事によって婚約者との幸せなはずの日常に暗雲が垂れ込める雨宮守の人生を通して多くのことを問いかける物語だ。

今回はカツセさんにインタビュー。この物語がどのように構想され、書き上げられていったのかをうかがった。その後編をお届けする。

カツセマサヒコさんインタビュー前編を読む

■「誰も傷つかなくていい世界」を作ろうという時に、やさしさや本心は必要ない

――時代に合わせて振る舞いをアップデートしていける人であっても、それはあくまで「態度」や「振る舞い」の話であって、価値観自体は古いまま残り、本心を秘めたまま「会社や社会生活向けの人格」を演じるだけになってしまう可能性もあって、果たしてそれはいいことなのかという疑問が残ります。

カツセ:それはそれでいいことではないでしょうか。コンプライアンスは被害者をなくすための一つの方法です。「誰も傷つかなくていい世界」を作ろうという時に、やさしさや本心は必要ないんです。

――本人の価値観や本心とは別に「作法」として行動や発言を変えていけばいいということですね。

カツセ:そうですね。社会生活においてそれさえできていれば、本心ではどう思っていてもいいと思います。「あの人、本当はあんな人じゃないのに、うまくやっているな」と周りが思ったとしても、それでいい。

誰だって嫌いな人はいますし、受け入れられないこともあるでしょう。でも、だからって相手を傷つけていいことにはなりません。たとえどんな考えをもっていたとしても、最低限、相手が持っている人としての尊厳を守る。という話であって、全員が全員を本心から受け入れよう、という話ではないと思います。

土方と雨宮だって、本心から打ち解けて仲良くなることなんてないですよ。明らかに遠い二人だけど、それでもここまでなら歩み寄れるというラインはどこかにあるはずだと思って、筆を進めていました。

――自分の加害性を自覚したとしたら、「誰も傷つけないために、人との関わり自体を最小限にしよう」という選択肢もありえるわけですが、それでは人はどんどん孤独になってしまいます。その意味で、会社で居場所を失い、家庭生活も崩壊して荒んだ生活を送る土方と三条の場面はすばらしかったです。

カツセ:土方の隣の課にいる三条には、「隣の課にいるむかつくパワハラおじさんを救う理由」なんて本来ないですから、立場とか役割ではなくて、「この人と今関わらないと後悔する」という三条なりの正義感があったのだと思います。とても好きなキャラクターです。

――土方にエプロンをつけるシーンが特に印象的でした。

カツセ:僕もあのシーンは好きです。これまで料理をしてこなかった土方にとってエプロンをつけるのは抵抗があったはずです。でもその抵抗感にこそ、意識の芽生えがあることを読者の皆さんには感じ取ってもらえると嬉しいなと思います。

――土方が典型的な「昭和の男」として描かれる一方で、雨宮はかなりナイーブな人物として書かれていますね。

カツセ:彼はまだ若くて、時代に合わせて価値観を変化できている26歳という設定なのですが、今の若い男の子たちを見ていて、あまり自分に自信がない人が増えているという感覚を持っていたので、それが反映されているのかもしれません。

――彼は会社でハラスメント被害に関して土方と面談したことを翠さんに話したことがきっかけで、あることを指摘されます。ただ、会社の業務でやっていることとプライベートの話を一緒に語られることへの抵抗感から反論する人もいるはずで、反論せずに黙ってしまったところに雨宮のキャラクターが凝縮されているように感じました。

カツセ:翠さんは彼にとって高嶺の花のような人で、そういう人と付き合って結婚するということは大きな喜びだったはずです。だからこそ、何かあった時のショックも大きいですし、そんな時には言葉が出なくなるだろうなと思いながら書きました。

――企業や実生活を舞台に様々な世代の人が登場する作品ですが、どの世代に向けて書いたというのはありますか?

カツセ:特定の世代に向けて書いたということはまったくないです。「無自覚な加害」は、世代や性別を問わず誰もが行いうることです。自分の加害性に気づいて悩んだことがある人であれば、どんな世代や性別の人でもハッとしてくれるんじゃないかという思いで書きました。

――最後に読者の方々にメッセージをお願いいたします。

カツセ:加害と被害の問題は、考えても答えは出ません。答えが出なくても考え続けること、迷子であり続けることが一番大事なんだと、読み終えたうえで改めて感じていただけたらうれしいです。

(新刊JP編集部)

カツセマサヒコさんインタビュー前編を読む

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この記事のライター

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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