経営者が知るべき「DX後進国日本」の真の課題
DX推進が叫ばれている日本だが、そもそも「DX」とは何なのか、という定義をはっきり持っている人は少ない。システム化によって業務を効率化することだろうか。それとも集客を自動化することだろうか。それは、かつて言われていた「IT化」と何が違うのだろうか?
『日本型デジタル戦略 - 暗黙の枠組みを破壊して未来を創造する』(柴山治著、クロスメディア・パブリッシング刊)は、遅々として進まない日本のDXに光を投げかける一冊。「DXとは何か」について明確な答えを出し、DXが持つ真の力を解き明かしていく。
DXの本質はどこにあり、そしてDXを推進すると何が起きるのか。本書の著者で株式会社YOHACK代表取締役の柴山治さんにお話をうかがった。
■IT化とは違うDXの本質とは
――近年DXが叫ばれているなかで、日本の取り組みの遅れが指摘されています。日本とアメリカやヨーロッパのDXの進み具合の違いについてまずはお聞きできればと思います。
柴山:そもそも、日本では「DXとは何か」という定義がみなさんそれぞれ違っているのがまず大きな問題だと考えています。
――柴山さんが考えるDXとはどのようなものですか?
柴山:よくDXの一環だと考えられている要素を、建物に当てはめて説明するのがわかりやすいと思います。
まず、一階が「事業運営に最低限必要なシステム基盤の整備」で、これはビジネスを始めるとなった時に、ドメインを取得し、会社のメールアドレスを準備したりコーポレートサイトを作ったり、クラウドのワークスペースを確保したりといったことです。
それができて二階の「コア業務の業務改革および業務の効率化」に移ります。つまり生業となる業務のシステム化ですね。
ここまでできたら、今度は「集客の仕組み化」です。MAツールなどを使って集客の仕組自体をシステム化する。これが三階。これができたらもう会社の業務全体がシステム化されている、つまり必要なデータをすべて取れる状況になっています。
次は四階の「経営の見える化と事業の高度化」で、BIツールなどを駆使してそれらのデータを経営に活用する段階です。ここまでのプロセスは他の本では「DXのステップ」として書かれていることが多いのですが、私はこれは単なるIT化であってDXではないと考えています。
本当のDXはこの先の五階で「イノベーションとサービスの多角化」なんです。経済産業省が出している「デジタルガバナンスコード」にDXの定義が記されているのですが、要は「デジタル起点の新規事業の構築」です。それを考えると「イノベーションとサービスの多角化」こそがDXだと言えます。
――なるほど。多くの人がDXだと思っているのは単なる「IT化」なんですね。
柴山:そうですね。「サービスの多角化」については「外部連携」とも言い換えられます。AIの活用で他社とアライアンスを組むのもそうですし、ジョイントベンチャーのような形もあり得ます。
そして「イノベーション」は難しく考えられがちですが、会社の中に蓄積されたデータを用いて新しい商品やサービスを生み出すことができれば、それはイノベーションです。誤解されやすいのですが、これは新規事業じゃなくてもいい。既存事業でもできることだと思います
今お話したようなことがDXですし、世界を見渡してみると実態としてそうなっています。
――今おっしゃっていた「イノベーションとサービスの多角化」が日本は遅れている、ということだと、話の解像度がより高く見えてきます。
柴山:イノベーションについては、「トライアンドエラーの数」と「スピード」が欧米と比べると日本は圧倒的に劣っています。たとえば、アメリカの年間の創業数は560万社ほどですが、日本は14万社ほどです。アメリカの人口は日本の3倍ほどですから、3で割ったとしてもアメリカは187万社ですから、単純計算すると日本の約13倍です。これだけ数が違うと、トライアンドエラーの数にやはり差が出てしまいます。
なぜこんなに創業数が少ないのかというとさまざまな理由があると思いますが、一つ言えるのは政府や自治体などのサポート体制がまだ整っていない点です。最近徐々に整ってはきているのですが、まだ十分ではない。
教育もサポートの一つと考えると、学生に対する起業家教育のようなものが行われていないのも起業を志す方が少ない理由の一つでしょうね。
「サービスの多角化=外部連携」については、日本の企業もトヨタ自動車のように積極的に取り組んでいるところもあるのですが、肝心のデジタル先進企業でこうした取り組みが積極的に行われていません。マイクロソフトがOpenAIと手を組むといったことが積極的に行われている欧米とは取り組む姿勢に違いがあると感じています。
そして、「あらゆる企業はソフトウェア企業である」といわれる現代では、デジタル先進企業が日本経済を牽引するトップ企業にならなければ、DXの劣勢を挽回する未来はやってこないのではないかと思います。
――日本でデジタル技術の活用が進まない理由として、経営者の意識がまだ追いついていない点を指摘されていました。このデジタル技術への意識改革が日本ではなかなか進まない理由はどんな点にあるのでしょうか?
柴山:一概には言えませんが、単純にデジタル技術に明るい経営者が少ないというのが一つと、あとはデジタル技術者を内部に抱えていないことが関係していると思います。
これもアメリカの例ですが、アメリカでは企業の約7割はデジタル技術者を内部に抱えていて、デジタルにまつわることを内製化できています。日本の場合はSIerやコンサルティングファームに外注することが多く、そのぶん改革のスピードが遅れ、コストもかかり、社内にデジタルに関する知見が貯まりません。これが構造的な問題としてあります。
――「DXは新規事業のためだけのものではない」というご指摘は重要だと感じました。既存事業を変革させることもまたDXが持っている可能性であり、そのカギになるのが各企業に蓄積されているデータなのですが、こうしたデータの活用で成功した事例がありましたら教えていただけませんか?
柴山:DXの成功事例として必ずといっていいほど挙げられるのは建設機械のコマツの事例です。自社の建機にGPSや通信モジュールを標準搭載したのですが、これは当初盗難防止の目的だったそうです。
ただ、結果としてこれらによって建機の稼働状況がわかるようになり、それを分析して部品に不調が起きていないかを予測できるようになった。そして建機の稼働率を上げることにつながりました。さらに稼働状況から建機の需要を把握することができるようになり、生産計画が立てやすくなったり、たとえば建機のリース先の企業での稼働率が悪くなると、リース代の支払いが滞ることも予想できるようになったりもしました。盗難防止のためにデジタル技術を採り入れた結果、予期せぬイノベーションが生まれたわけです。
ただ、DXによるこうしたイノベーションは一回のチャレンジでできることではなくて、何百回何千回の試行錯誤の結果生まれたことです。だから、経営者自身がチャレンジング精神を失うことなく社員を鼓舞し続け、チャレンジと失敗を奨励する企業文化を醸成していくことがDXの成功に必要なのだと思います。
(後編につづく)