【「本が好き!」レビュー】『バベットの晩餐会』イサク・ディーネセン著
提供: 本が好き!こちらも「やりなおし世界文学」の一冊。このサイトにも多くの書評があり、映画にもなったので、以前から読みたいと思っていた本でもある。
イサーク・ディーネセン(本名はカレン・ブリクセンという女流作家)の表題作「バベットの晩餐会」と「エーレンガート」の中編2編を収める。
「バベットの晩餐会」
ノルウェーのベアレヴォーという町には監督牧師の娘マチーヌとフィリッパの姉妹が住んでいた。バベットは、彼女らに仕える家政婦。バベットは、パリ・コミューン(普仏戦争で敗れた第二帝政後にパリに一時的に樹立された左派政権)でコミューン派に与し、その後の弾圧でいわば亡命の形でこの町にやってきた。フィリッパは美声の持ち主で、この町にたまたま滞在したフランス人の世界的オペラ歌手アシーユ・パパンがその声にほれ込んだ。バベットはパパンの紹介でやって来たのだった。バベットには、料理の才能があり、ノルウェーの料理もたちまち自家薬籠中の物としてしまう。以後14年、姉妹に仕えた。そんな彼女が富籤で1万フランも当てたのはある9月で、3カ月後には姉妹の父である監督牧師の生誕百年の記念日がやってくる。バベットは、その記念祭の晩餐を自分に仕切らせてほしいという。そして、高級な酒や食材を次々と買い込む。姉妹は一体何が起こるのか、と半ばバベットに仕切らせたのを後悔しながら見守った。記念日を迎え、信者たちは飲食を楽しんだ。客の中には、若い頃に姉のマチーヌに惚れたが結婚を諦め、軍人として出世したレーヴェンイェルム将軍もいた。彼は酒や料理を食べながら、これはパリの高級レストランで味わうものだとわかった。
「エーレンガート」
ある貴婦人が語る物語。ドイツのフッガー=バーベンハオゼン公国の大公家に待望の男児ロッター王子が生まれた。彼は学問や芸術を愛する美しい青年に成長したが、人と体が触れ合うことを忌避する。大公妃は、将来の結婚を心配し、カゾッテという画家に彼を委ねた。カゾッテはロイテンシュタイン公家に目をつけ、ロッター王子を伴いそこに出向いたが、王子はたちまちその家のリュドミラ王女にほれ込んだ。10月のある日に晴れてフッガー=バーベンハオゼン公国でロッター王子とリュドミラ王女の結婚式が行われたが、ふたりの子の出産予定日は結婚式から起算して2カ月も早くなることがわかった。体面を重んじるバーベンハオゼン家では大公妃がこれを秘密とし、カゾッテと相談してまずリュドミラ王女を人里離れた小さなローゼンバート城に匿い、そこで出産させることにした。そこには口の堅い侍女が必要だった。シュレッケンシュタイン家は武人の家柄で忠誠心も篤い。5人の軍人の兄を持つシュレッケンシュタイン家の末娘エーレンガートはまるでヴァルキリーの姫のような女丈夫で、彼女に侍女の白羽の矢が立った。リュドミラ王女に付き添ったカゾッテは「エーレンガートがこの世に芸術があることすら知らない様子だ」と思った。カゾッテは、この野生児の女性をモデルに絵を描こうと決心する。そんな彼女だからこそカゾッテは、指一本触れずに、女性に生まれ変わらせることに興味を持つ。カゾッテ曰く、「芸術家は誘惑者でなければならない。また誘惑されるのが女性の特権だ」。
料理も絵画も芸術。方や謹厳な宗教家の娘たち。方や軍人の家系の娘。どちらも一見、芸術の価値を見出していない様子に見える。マチーヌとフィリッパは、芸術の価値をバベットの最後の言葉で知ったのだろうか。エーレンガートは、どうやらカゾッテに教えられるまでもなく自分で悟ったように見える。
「バベットの晩餐会」では芸術に妥協がないことを示している。「リバーサル・オーケストラ」という音楽ドラマが最近放送されたが、演奏家はまず自分の音に自分が納得しなければならないと言うセリフがあった。バベットは果たして自分の成果に満足したのだろうか。因みに、パパンはフィリッパに音楽を教授するのだが、題材はモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」であり、色男ドン・ジョバンニが婚約者ツェルリーナを誘惑するアリア「手を取り合って」の楽譜がわざわざ引用されている。マチーヌの若い頃の恋愛話も載っているのだが、どうもこちらの中編の恋愛話は物語に深みを持たせる以上の意味はなさそうだ。
一方で、「エーレンガート」の方は芸術が恋愛的な感情と結びついているようだ。リュドミラ王女は、カゾッテからすればエーレンガートとは対極の女だろう。そのリュドミラ王女は侍女となったエーレンガートに婚約者との間に秘密を持つことを勧める。これは、ほぼ結末に近い224頁で成就し、エーレンガートは婚約者クルトと秘密を持ったのだった。自分が、エーレンガートを「女」にする、と思っていたカゾッテは、これに絶望してローマに去ってしまう。そこで彼が呼ばれた名は・・。
(レビュー:ゆうちゃん)
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