「読み終えたら家族にすすめてほしい」 大注目の青春小説『成瀬は天下を取りにいく』作者に聞く
今、旋風を巻き起こしている青春小説がある。
舞台は滋賀県大津市。「かつてなく最高の主人公」成瀬あかりは妙にスケールの大きなことを言う女の子だ。
閉店のカウントダウンが進む地域のシンボル・西武大津店に幼馴染みの島崎あかりとともに通い続け、西武ライオンズのユニフォームを着てテレビ中継に映る。そして西武大津店の閉店を見届けると「将来、わたしが大津にデパートを建てる」と宣言する。
『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社刊)をすでに読んだのであれば、成瀬のキャラクターに心を鷲掴みにされているはずだ。そして、魅力的すぎる主人公と、そんな主人公に振り回されながらも、自分の青春を謳歌する登場人物たちの姿を通して、自分の青春時代を思い出すかもしれない。
著者の宮島未奈さんへのインタビュー後編では『成瀬は天下を取りにいく』というタイトルの秘話や、早くも気になる続編の構想などについてお話をうかがった。
(インタビュー・記事/金井元貴)
■ユニークなタイトル、実は最初につけたワードのファイル名だった
――『成瀬は天下を取りにいく』は連作短編ですが、成瀬が出てこない話もあります。それが「階段は走らない」です。
宮島:この「階段は走らない」については、確かにこの中では違和感があるのは分かります。ただ、私自身この話が好きで、ちょっとドラマチックですよね。それに、書いた当時は成瀬シリーズというよりは、西武大津店シリーズでいこうとしていたんです。
「ありがとう西武大津店」を書いた後に、近所の人に西武大津店の思い出を聞いていく中で、本当に最終日に屋上に行ったという人がいたんです。40代くらいの男性の方なんですけど、普段は入れなかったのにその日は屋上が開いていて、そこに店員がいて、最後の西武大津店を見ていたということを教えてくれて、そこから話を膨らませていきました。
――ここに出てくる敬太、マサル、タクローはまさに40代前半で、小学校時代の同級生たちの再会と仲直りの話です。そして彼らが最後の「ときめき江州音頭」で成瀬・島崎と絡むのもいいなと思いました。「ありがとう西武大津店」や「階段は走らない」はコロナ禍や西武大津店の閉店とまさにリアルタイムで起きていたトピックが背景にあるわけですが、その点で意識したことはありますか?
宮島:そんなにはないですね。むしろ、現実に即した形だから書きやすかったように思います。西武大津店が閉店することについても、やっぱり悲しい雰囲気はあったんですよ。それに、今でも喪失感はあって、本のカバーイラストに西武大津店を入れてもらったのですが、地元・大津の人たちがすごく喜んでくださったんですよね。「入れてくれてありがとう」とか「西武が泣ける」みたいなコメントを見て、やっぱり西武大津店という建物が特別だったことを実感しています。
――西武大津店が閉店するときの宮島さんご自身のお気持ちはどんなものでしたか?
宮島:もちろん残念でしたし、今でも西武があったらいいのにと思うこともあります。普通のデパートではなく、ショッピングモールに近い感じで、書店もあったし、デパ地下的な菓子折りも買えたりして、すごく便利な場所でしたね。市民のシンボルのような存在でした。
――タイトルについてお聞きしたいのですが、この『成瀬は天下を取りにいく』というタイトルは宮島さんご自身でつけられたのですか?
宮島:そうです。実はこのタイトル、「ありがとう西武大津店」を書いていたワードファイルの名前だったんですよ。でも、短編としてR-18文学賞に応募するときに、このタイトルだと分かりにくいと思って、「ありがとう西武大津店」に改題して送ったんです。それが受賞して、連作短編としてまとめる時に、最初から使っていたこのタイトルを本に使ったということですね。
――この「天下」とはどのような意味として使っているのですか?
宮島:具体的なことではなくて、壮大な夢の象徴としての「天下」です。語感もいいし、すごく良い言葉だなと思っています。それに滋賀という土地柄、戦国武将ゆかりの地が多いので、そういう部分でも引っかかっていいのかなという思いもありました。
――琵琶湖の畔に城を築いて天下を取ろうとした人物でいうと、織田信長ですとか。
宮島:そうです。あとは石田三成も有名ですよね。
――そう考えると、大津にデパートを建てると宣言する成瀬の姿が重なります。
宮島:なるほど、そういう見方もできますね。
――今、成瀬フィーバーが起きている中でやはり気になるのが、この物語の続きです。宮島さんの中では構想はあるのでしょうか?
宮島:はい、成瀬の話の続編はたぶん書くと思います。この本では高校3年生で終わりましたけれど、その先の大学生編はあると思います。どこまで続いていくかは分からないけれど、悲しい話になることはないと思いますし、このトーンで続けていきたいですね。
――「ゼゼカラ」結成から見ているファンとしては、成瀬と島崎の2人の漫才は今後も見られるのでしょうか。
宮島:どうでしょう(笑)。そこまでは考えていないですけれど、もしかしたらまたM-1にエントリーすることもあるかもしれません。
■小説執筆を通して見えた「青春」の形
――宮島さんご自身のお話をうかがいたいのですが、そもそも小説を書こうと思ったきっかけはなんだったのですか?
宮島:小学生のときに作文をほめられて書き始めたのがきっかけです。10代から20代の頃はちょこちょこと書いていたのですが賞に応募するには至らず、その後書くのをやめていた時期を挟んで、30代半ばになってまた書き始めました。R-18文学賞にはその時から応募していて、いきなり最終候補に残ったんですよね。そこから毎年応募し続けて、4回目で受賞しました。
――『成瀬は天下を取りにいく』は青春小説のジャンルになると思いますが、作風的に得意なジャンルはありますか?
宮島:おそらく得意なジャンルが青春小説なんだと思います。青春小説で受賞できたということからしても多分そうなんだろうと。ただ、自分としては恋愛小説ですとか、大人の話の方が好きではありますね。
――読者の立場として、影響を受けた作家やよく読む作家はいますか?
宮島:R-18文学賞の先輩方の本は必ず読んでいます。また、辻村深月さん、三浦しをんさん、柚木麻子さん、窪美澄さんといった選考委員の皆さんの本も読みますし、東野圭吾さんをはじめとしたベストセラーのエンタメ小説も好きです。ジャンルも決まったものばかりでなく、幅広く読んでいます。
――では、『成瀬は天下を取りにいく』をどんな人に読んでほしいとお考えですか?
宮島:幅広い人に読んでほしいですね。普段本を読まないような方でも読みやすい作品になっていると思いますし、それこそ老若男女問わず、小学生から年輩の方まで楽しんでもらえる本になっていると思います。それに、しばらく小説から遠ざかっている方にもぜひ手にとっていただきたいですね。
そして、もしこの小説を読んで面白いと思ったら、家族にすすめてほしいです。子どもや親、兄弟、祖父母、世代を超えて楽しめると思うので、そういう風にこの作品が広がってもらえれば嬉しいですね。
――最後に、この小説を書いていく中で青春はどのような形に見えましたか?
宮島:青春の形は人それぞれだと思います。青春って何か特別なことのように思えるかもしれないけど実はそうではなくて、特に何が起こっているわけではないけれど振り返ってみれば青春だったということって誰しもあると思うんですよね。それぞれの中に青春があるわけで。
でも、誰もが抱いている青春の思い出にはどこかつながる部分があって、だから大人がこの話を読むと懐かしさを感じるのではないかと思うんです。
それに気になるのは、小中学生がこの小説を読んでどんな感想を持ってくれるか、ですね。成瀬みたいになりたいとはいかないまでも、こんな人がいたら面白そうだなと思ってくれるんじゃないかなと期待しています。
(了)