【「本が好き!」レビュー】『メキシカン・ゴシック』シルヴィア モレノ=ガルシア著
提供: 本が好き!女子大生のノエミは父親の依頼により従姉カテリーナが住む寂れた屋敷を訪れる。カテリーナはそこに住むイギリス人と結婚したのだが、カテリーナから錯乱したような手紙がノエミの父親に届きそれを心配した父親が様子を見に行って欲しいと。
待ち受ける一族のよそよそしさ、メイドたちの態度もおかしい。唯一話せるのが純朴な男性フランシス。カテリーナの様子もおかしい。なんとかカテリーナを外の病院に連れて行こうとするが拒絶される。
やがてノエミにも夢か現実か分からない異変が起こり始める。その時点でノエミに対して張り巡らされた罠が牙を剥いていた。ノエミはカテリーナを連れて屋敷を脱出できるのか。一族の秘密とは。
この小説はホラーであることは間違いないものの、読み進めるにつれてその印象は変化していきます。従姉からの錯乱した手紙、人里離れた古びた洋館、過去の惨劇、壁からの声、リアルな悪夢等、物語の出だしの印象はまさに心霊系のホラーの印象を持ちます。さながらシャーリー・ジャクスンの小説のようです。
そして話の中盤にさしかかり、館の一族と関わりあっていくうちにかなり耽美的な印象に変わっていきます。ドラキュラ系、あるいはアン・ライスの小説のような妖しい雰囲気です。
さらに物語の核心に至ると、今度はラヴクラフトの小説のようなSFがかったホラーになっていきます。案の定、解説によれば作者は筋金入りのラヴクラフティアンのようです。この小説がオーガスト・ダーレス賞を受賞していることも頷けます。なぜならオーガスト・ダーレスはラヴクラフトの高弟と呼ばれる人物であり、ラヴクラフト及びクトゥルフ神話を現在の評価に至らせた重要な人物であるからです。
つまりこの小説は過去の偉大なホラー作家に対するオマージュ的な色彩を帯びたものだと思います。ノミネートされた賞の中にはブラム・ストーカー賞やシャーリー・ジャクスン賞もあったようです。前述したとおり小説の印象は本当にシャーリー・ジャクスンやアン・ライスのようだと感じた後、解説を読んでその偶然にびっくりしたので、多分ホラー好きの方は同じような印象を持つと思います。
ただ唯一設定がホラーらしくないのは主人公のノエミが勝気で自信家、陽気で人生楽しまなきゃといった典型的なラテン女性であることです。親のすねかじりの贅沢三昧、魅力をふりまき男を手玉に取る女性、典型的なアメリカンホラーなら真っ先に死亡フラグが立ちそうなキャラです。しかしノエミに対する印象も次第に変わっていきます。自分の価値観をしっかり持ち、男尊女卑や人種差別主義の典型的な古い価値観を持つ一族に対しても迎合しない気骨のある女性であることが判明します。
このような女性をヒロインにすることでグロテスクかつ陰惨なホラーであるにも関わらず、なぜかそれほど暗さを感じません。ある意味バランスが取れており映画向きの作品ではないかと思います。
(レビュー:darkly)
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