【「本が好き!」レビュー】『マーシャの日記―ホロコーストを生きのびた少女』マーシャ・ロリニカイテ著
提供: 本が好き!「銃殺した...。これはつまり、人びとを穴に追い立てたということ。一人一人に銃口に向ける、そこから小さな弾丸が飛び出し、心臓に食い込み、死んで穴に落ちる人もいるし、心臓や頭に命中せずに、多くの人は怪我を負って穴に落ち、すごく苦しみながら死ぬ。何千人の命が突然奪われても、どれだけの若くて健康な青年が死んでも、みんな《銃殺》という言葉で片づけられてしまう。昔、私はこの言葉がもつ本当の意味を想像したことがなかった。《ファシズム》《戦争》《占領》という言葉も、歴史の教科書の中だけの言葉に思っていた。 今も戦争やファッシズムのない国や町の人たちは、きっとこの言葉が持つ本当の意味を知らないだろう。だから、今ここで起こっていることすべてを、日記に書き留めておかなければならない。もし、生き残ったら、自分で話そう。そうでなかったら、これを読んでもらおう。だが、とにかく知らせなければ!絶対に!」(本書より)
最近、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、今まで読んだことのなかったバルト三国の小説を読んでいます。エストニアの『蝶男』は幻想小説で、ラトヴィアの『ソビエト・ミルク』は同国の歴史に翻弄された作者自身とその母の体験をベースにしたフィクションでしたが、リトアニアの本書はナチス・ドイツによるホロコーストを生き延びた、マーシャ・ロリニカイテ(1927-2016)という少女が信念をもって書き続けた、13歳から18歳までの記録であり、ノンフィクションです。彼女はその後の生涯を通してホロコーストの語り部であり、作家として生きました。
リトアニアの歴史を振り返ると、ラトヴィア同様、ドイツとソ連=ロシアの間で「植民地」として何世紀も苦しんだことが分かります。1917年のロシア革命を受け、1918年2月にロシアからの独立宣言を行いますが、ソ連の支援を受けた赤衛軍とドイツの支援を受けた白衛軍との間の内戦がその後も続き、最終的にリトアニア共和国として諸外国に承認されたのは1920年になってからでした。その後も、ポーランドとの間では領地紛争が続き、不安定な政情だったようです。そして第二次大戦の勃発時の1940年夏には、ソ連がバルト三国に侵攻し占拠します。しかし、独ソ戦の開始を契機に、1941年6月に今度はナチス・ドイツの侵攻を受け、リトアニアは占領されます。当時、首都ヴィリニュスに両親に姉妹弟の6人家族で住んでいたマーシャの記録は、このドイツ侵攻の時から始まっています。彼女の解放までの道のりをたどると、次のようになります。
1941年6月 ドイツ、リトアニアを占領
ソ連関係の仕事をしていた弁護士の父は単身ヴィリニュスを脱出
8月 ヴィリニュスのユダヤ人をゲットーに収容
マーシャは母、姉、妹、弟と共に収容
1942年1月 ドイツ、ヴァンザー会議にてユダヤ人の「最終解決策」を決定
1943年 姉は単身ゲットーを脱出
1943年9月 ヴィリニュス・ゲットーを閉鎖
その際の「選別」で、母、妹、弟は銃殺
マーシャは列車でラトヴィアの強制収容所へ移送
1944年 赤軍の前進により、マーシャは船でポーランドの強制収容所に移送
リトアニア、ソ連による解放後、ソ連の一共和国となる
1945年1月 強制収容所の撤退により、マーシャは仲間と逃避行
3月 飢えと病気で瀕死のマーシャは赤軍により救出される
ゲットー閉鎖時に働ける若者だけ生かす「選別」を受けた時、マーシャだけ生き残ったわけですが、母がいる集団に行こうとするマーシャに、母は「こっちに来てわだめ」と叫び、こう続けました。
「マーシャ、生きるのよ!どんなことがあっても、あなただけでも生きて!生き抜いて、妹や弟の復讐をしてね!」
これが、マーシャの聞いた母親の最後の言葉となりました。訳者の清水陽子によると、1941年にリトアニアに在住していた約22万のユダヤ人のうち、生き残れたのは3万人足らずだった、とのことです。実は、強制収容所でも、マーシャは何度も「選別」を受け、奇跡的に生き延びたのです。1941年6月から1945年3月までに彼女が受けた暴力や虐待については、本書の中で詳しく述べられていますし、そのあまりにもひどい内容をここで繰り返すことはしません。ただ、彼女が受けた苦痛や「選別」は、送り込まれた人間は全員殺すことを前提としていた絶滅収容所を除けば、あらゆる強制収容所で行われていたことであり、時折ニュースで見るホロコースト生存者の過酷な過去に想いを寄せます。そういう意味で、書く人間には辛かったでしょうが、「もし、生き残ったら、自分で話そう。そうでなかったら、これを読んでもらおう。だが、とにかく知らせなければ!絶対に!」という強い意志が本全体に感じられます。ただ、ゲットーでも強制収容所でも紙は貴重であり、実は、この日記の大半は、ブラッドベリの『華氏451』に登場するブック・ピープルのように、マーシャの頭の中に書かれていたものです。過酷な労働による疲労と飢えで、やもすれば集中できない気持ちを奮い立たせて、この日記を頭の中で綴っていたのです。マーシャは自分の記憶力の良さを感謝していますが、リトアニア語だけでなく、イーディッシュ語、ドイツ語、そしてフランス語を少し解していたことからも、知力の高い少女であったことが分かります。
しかし、本書を読んで思うのは、マーシャのような体験をした人間は、少なくとも短い時間では、絶対にドイツ人を許さないだろうということです。なぜなら、背後にヒトラーがいたとは言え、ゲットーでも収容所でも眼前に接するのは一般ドイツ人だからであり、それはプーチンとロシア人に対するウクライナの人々の想いも同じでしょう。それだけでなく、アメリカの侵攻から20年を経たイラクの人々の想いも同じだと思います。
そう考えると、当たり前なのですが、他国に侵攻して戦争を始める行為は、いかなる理由があれ、許されないことです。そして、日本も他人事のような顔はできない立場だということを、忘れないでいたいものです。
(レビュー:hacker)
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