【「本が好き!」レビュー】『八月の母』早見和真著
提供: 本が好き!衝撃的な小説だった。蟻地獄ような生活から抜け出すには、家族のスパイラルを断ち切らなければならない。夫を失い家を出て行こうとする母に必死の思いで縋りついていった美智子、その先の生活は母が言った通り幸せとは程遠いものだった。男に依存するしかできない母正代、その母の愛人から性的虐待を受けたことで娘も否応なしに男に依存する生活を続け、中絶を繰り返すもやがては父親のわからない子どもを産んだ。
なんと暗く、苦しく、辛い小説なのだろうと途中で読むのをやめようかとも思った。愛媛県伊予市から抜け出し東京へ行く夢を持ちつつも叶わない。温かい家族を持ちたかったであろう娘が歪んだ家族ごっこをする中で起こった事件。読んでいて蟻地獄にはまってしまったかのような錯覚を起こしつつも、小説世界へとグイグイ引き込まれる。男に対して敵愾心を持っていた母エリカと違って娘陽向は、たくさんの男の人の味方がいたという。
1977年8月中学教師の父と同居する祖母に従順だった母は、父の急死後不倫相手との生活を始めた。母と相手の男とはいつも罵り合っており、半年後母は別の男との生活を始めた。美智子にとって父が生きていた時も現在も家庭には自分の居場所がなかった。やがて、母の同居相手から性的虐待を受け美智子は蟻地獄へと嵌っていった。
1988年から1992年、2000年、2012年、2013年と美智子の小学生時代から娘エリカの小学校、中学校そして成人後の生活が描かれる。途中「このしあわせそうな女性は、いったいだれ?」という人物が登場する。やがて、エリカの家族が明かになるのだがそのいびつな環境は、事件へと発展してしまう。
「イノセントデイズ」「笑うマトリョーシカ」の著者が描いた作品は、ふたつの小説よりもさらに苦しく、辛く、哀しい家族、生活が綴られていた。世の中にはこういう環境で否応なしに生活する子どもの存在もあるのだろうと想像するだけで切なくなってくる。救われるのは、当初正体のわからなかった女性が背負ってきた十字架をやっと降ろすことができたこと。そして、彼女を支える男たちの存在だ。いつか、東京へ行きたい!自分の将来をあきらめることなく生きていく。少女の願いが叶い、自分の過去にけじめをつけた時、やっとホッと胸をなでおろすことができた。
「店長がバカすぎて」とはずいぶん作風が異なる小説だったけれど、これはこれで母親、母性について、家族について多くを考えさせられる良い内容だった。最後まで読むことができて良かった。
(レビュー:morimori)
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