作家・万城目学が語る「小説執筆のためのルーティーン」とは
友情あり、恋あり、そして謎あり。まさに「ミラクル」な青春物語だ。
高校2年生の女の子・弓子は実は吸血鬼。でも人間の血は吸わない。人間社会に完全に溶け込み、今日も親友のヨッちゃんと田んぼに挟まれた一本道を自転車で突っ切る。
そんなある日、17歳の誕生日に行われる「脱・吸血鬼化」の儀式を間近に控えた弓子のもとに、黒くてトゲトゲした謎の物体があらわれる。「Q」と名乗り、儀式まで弓子を監視するという。
Qとは一体何者なのか? そして恋するヨッちゃんに協力してダブルデートをすることになった弓子は、その行先で大事故に遭遇。ヨッちゃんの想い人を助けるために弓子はある行動に出るのだが…。
刊行当初から「万城目ワールド全開」という声があがっている万城目学さんの新作小説『あの子とQ』(新潮社刊)。クスっと笑えて、楽しく読めるこの物語についてのインタビュー後編では、魅力あるキャラクターの秘密や、万城目ファンなら思わす喜ぶ裏設定の存在などを教えていただいた。
(聞き手:金井元貴/新刊JP編集部)
■万城目ワールドの雰囲気をつくる愛すべき「おとぼけ」キャラたち
――『あの子とQ』は雰囲気がとても軽くて明るい物語です。特に弓子の友人であるヨッちゃん、ヨッちゃんが好きな男の子・宮藤、その友達の蓮田という高校生組はいつでも楽しそうで良い4人組ですよね。
万城目:蓮田はダブルデートの人数合わせで登場しますが、彼はストーリーとは関係なく盛りつけができたので書いていて楽しかったです。
弓子は主人公ですから、すべての行動や台詞に慎重にならないといけないけれど、蓮田やヨッちゃんは無責任にできるというか、あんまり考えずに即興で「これ面白いな」ということをさらっとやらせることができるんですよね。
――万城目さんの小説の雰囲気がそういうキャラクターに詰まっているように思えます。
万城目:深刻一辺倒だとしんどいですから、ついつい明るくてとぼけみのある人を入れがちです(笑)
――先ほど蓮田とヨッちゃんは無責任に書けると言っていましたが、ヨッちゃんはまさにとぼけみがあるキャラクターですよね。ただ、最後まで物語に絡む活躍も見せます。
万城目:ヨッちゃんは初登場の場面からずれていますけど、本当に書きやすい人物ですね。ああいうずらし方は自然に書けるし、どんどん面白い方向に行っちゃう。でも、アホに書きすぎて少し申し訳ないと思う部分もあります(笑)。
――吸血鬼ではないヨッちゃんが最後の冒険まで絡むのは意外でした。
万城目:実はその予定はなかったんですよ。必ず面倒な展開になるから。でも、担当の編集者にヨッちゃんも最後まで連れて行ってくださいと言われて、最後までキーマンになったというわけです。
――登場人物の裏設定みたいなものはありますか?
万城目:それでいうと、清子様という占い師がヨッちゃんの台詞の中に出てきます。その人物にはある裏設定があります。ヒントは「お城に住んでいて、白馬に乗っている」というヨッちゃんの言葉ですね。
――万城目さんの他の作品を読んだことがあれば気づく人もいるはずです。
万城目:ただ、(インタビューの時点で)誰からも指摘がないので、分かりづらいかもしれません。
■『あの子とQ』は「自分の中では珍しい水平展開の物語」
――万城目さんには物語をつくるときのルーティーンみたいなものはあるのですか?
万城目:設定というか、この枠の外には出ないということはしっかり決めます。
『あの子とQ』でいうと、物語の大きな構成自体は30分くらいで考えて、そこから2、3ヶ月かけて吸血鬼の映画と本を調べました。吸血鬼のことは全然知らなかったので、太陽やニンニクが苦手という古典的なルールを調べ、その中から今の弓子を縛るものと、弓子が解放されたものを箇条書きで分けていって、その縛られない部分が脱・吸血鬼化の儀式で失われるということを最初に明文化したんです。連載時もこういうルールのもとに吸血鬼の世界はありますと最初に書いています。そうするとブレないので。
そういうことを最初にしっかりやっておけば後々整合性が取れなくなるというようなことがなくなるので楽なんですよね。
ただ、この書き方は物語を縛って面白くなくなると考える人もいます、書いているうちに思わぬ方向に膨らんでいって、想像し得なかったゴールに連れて行ってくれるものだという人もいるとは思うのですが、それで成功した経験が僕には一度もないんですよね。一度でも成功経験があればその書き方を肯定すると思うのですが、怖くて一度もトライしたことがないんです。
――前半で基本的に物語は1から10まで全部自分で生み出しているとおっしゃっていましたが、そのアイデアの種はどのように見つけるのですか?
万城目:まず大きなところから考えるのが基本ですね。例えば京都を舞台に書きました、奈良を舞台に書きました、ならば次は大阪とか。もちろん土地以外のものもありますが、大きく言えばトップからボトムを考えていくことが多いです。
また、物語には横軸と縦軸があって、横軸の広がりと縦軸の広がりの両方を足して基準以上になったときに、自分の中にOKサインが出るような感じです。『あの子とQ』は横軸の広がりがメインで、多少佐久の話の中に歴史が出てくるので縦軸がありますけど、ほぼ水平展開なので自分としては珍しい作品です。
――どのくらい先までアイデアは持っているのですか?
万城目:今書いている作品、次に書くもの、その次に書くもの、さらにその次に書くものくらいまで考えていますが、これも難しいところがあります。たとえば次の次の次を書き終えるのは、おそらく5年後くらいなんですよ。だからインタビューで「この作品のアイデアを思い付いたきっかけは?」と聴かれても、もう忘れているということが発生したりするんです(笑)。
でも、基本的には資料を読んで「この話、面白いな」というところからスタートしたりしますね。何か引っかかるものがあって、そこから膨らむというか。
――ネタ帳はあるのですか?
万城目:最近、スマホに変えたので、スマホのメモ帳に書くようにしているんですけど、自分で何が書いてあるのか分からなかったりします(笑)。書いたときは「これで一本できた!」と思って骨子を書いているんですけど、後で読み返してみると「何の話だっけ?」ということが多くて。でもその中で生き残ったアイデアがSクラスです。それが徐々に強度を上げていって、一冊の本になるわけですね。
――では、今後の刊行予定を教えてください。
万城目:9月1日にエッセイ集『べらぼうくん』の文庫が出ました。また、今は『オール讀物』という雑誌で『鴨川ホルモー』以来の現代の京都を舞台にした小説を書いています。
――ありがとうございます。最後に、この『あの子とQ』をどんな人に読んでほしいですか?
万城目:表紙が明るくてインパクトがあるので、まずは表紙を見てピンと来た方に読んでほしいですね。それに、娯楽小説なので明るい気分になりたい方にも手に取ってほしいと思います。
(了)