【「本が好き!」レビュー】『U』皆川博子著
提供: 本が好き!1613年、二人は出会った。
シュテファン・ヘルクとヤノーシュ・ファルカーシュ。
二人とも13歳。
シュテファンはザクセン人、交易で財を成し印刷業も営む由緒ある家の子弟。
ヤノーシュは、ハンガリーの貴族の子弟。
二人が出会ったのは、駄馬に牽かれた荷車の上だった。
荷車は、オスマン帝国の奴隷兵士にされる少年たちを乗せ、首都に向かう。
強制徴募。
オスマン帝国は、10歳から15歳のキリスト教徒の男子を集め、イスラム教に強制改宗させ、イエニチェリと呼ばれる奴隷の歩兵軍団を育成していた。
集められたのは、身体壮健、眉目秀麗な少年たち。
運命の出会いというものがある。
シュテファンとヤノーシュは、まさにそれだった。
強制徴募で集められたのは農民の子ばかりで、上流の子弟はまれである。
ふたりは、絶望の荷車の上で上体を寄せ合い、お互いの肩を肩で小突き合う。
オスマン帝国の首都に運ばれ、シュテファンとヤノーシュは、別れ別れになった。
シュテファンは農家に寄宿しながら、歩兵としての訓練を受ける。
ヤノーシュは、スルタンの小姓に抜擢される。
小姓はスルタンの寵愛を受けるが、その代償は大きい。小姓は、宦官だから。
ある戦場で、二人は再会する。戦闘の最中に岩塩の廃坑に落ちた二人。
まっくらな地底をなんと60年もの間、出口を求めてさまようことになる。
その間に、作者の魔法で、不老の身体になってしまう。
ヤノーシュとシュテファンは、青年のまま三百年の時を生きる。
ヤノーシュは、王立図書館の司書になり、時の権力者の庇護を受け、歴史の傍観者として。
シュテファンは、歴史の流れに身を投じて、時には兵士として、時には労働者になって。
二人が選んだそれぞれの生き方は、それぞれの必然からだった。
戦争、つかのまの平和、また戦争…… 人類の歴史は、戦争の歴史だ。
二人が生きた三百年の間に、国が国を滅ぼし、革命という名の戦争で人々が血を流し、隆盛を極めた王朝が潰える……
三百年、青年のまま生きた二人の最後は、第一次大戦下ドイツ帝国の潜水艦Uボートの中だった。
オスマン帝国は1918年に瓦解した。
二度の世界大戦を経たいまも、世界の戦争の歴史は続いている。
国が国を侵し、自由と平和の旗印の下でも、人々は血を流し続けている……
(レビュー:紅い芥子粒)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」