【「本が好き!」レビュー】『破壊された男』アルフレッド・べスター著
提供: 本が好き!人の心を読み取ることができるエスパーと普通の人が混在する世界。エスパー捜査の抑止力により殺人が久しく行われなかった中、モナーク産業の社長ベン・ライクは殺人を計画する。標的はクレイ・ドコートニイ。ドコートニイ・カルテルの社長であり、その会社によって窮地に追い込まれたライクが、窮余の策として持ち掛けたモナーク産業とドコートニイ・カルテルの合併をドコートニイが拒否したためだ。ライクはエスパー捜査官を躱すための策略を練り殺人を実行する。殺人を計画し始めた時からライクは「顔のない男」の悪夢にうなされるようになる。
エスパー捜査官であるリンカーン・パウエルは早々に犯人はライクであることに気付いた。起訴するためには殺人の動機・機会・手段の立証が必要だ。パウエルによって次々とライクのトリックは暴かれていく。パウエルが勝利を確信しライクも観念したかに思えたが。一番確実であったと思われる「動機」が意外にもパウエルの前に立ちはだかる。
あまり細かく設定しすぎない魅力的なSF的ガジェットの数々、オーソドックスな刑事物ミステリ小説のような側面もありながら、この小説の最大の特徴はエスパー同士による実際の会話を伴わない連携や諜報戦を行いながら、実際の捜査と同時並行的に進んでいく展開にあります。
しかしこの物語が一筋縄ではいかないのは、近未来警察小説で終わりそうだった終盤にガラッとその色彩を変えるところです。まさにディックの小説のような現実なのか非現実なのか分からない悪夢が待ち構えます。それはライクの深層心理に根差すものであると同時にパウエルの自らの命を懸けた策略によるものでもあり、パウエルが起訴に持ち込む上での壁となった「動機」の謎を解き明かすものでもあるのです。そして「顔のない男」の正体も。
読み始めて頻繁に出てくる「顔のない男」の悪夢が殺人後に現れるようになるのであれば、単純に良心の呵責を原因と解釈することも可能なのですが、この悪夢に悩まされるのが殺人を計画したときからというのがミソです。そしてその悪夢が殺人とその捜査という主プロットとどうかかわっていくのか、多分これが物語の鍵になるだろうという予想はできても、まさかこのような結末とは全く想像できませんでした。
ベスタ―と言えば「虎よ、虎よ」が有名ですが、本書はスタージョンの「人間以上」、クラークの「幼年期の終り」をおさえての第一回ヒューゴー賞受賞作であり、堂々たるSFでありながら、SFファン以外の人でも十分楽しめる力作であると思います。
(レビュー:darkly)
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