【「本が好き!」レビュー】『河童が覗いたインド』妹尾河童著
提供: 本が好き!新型コロナウイルスの世界的流行は、自由な海外渡航を奪い取ってしまった。
国内旅行すら今だに躊躇してしまう。
何の気兼ねもなく旅に洒落込めたらいいのだが、性格的になかなか行動に移せない。
そんな状況下でありがたいのは本である。
世の中、さまざまな切り口の旅行本が出版されている。
旅行本でなくとも、異国情緒を味わうことのできる本も数多ある。
本書は後者の例として最高峰の部類に位置付けられる1冊だ。
本書を初めて手にしたのは、まだ高校生の頃。
文庫売り場の平積みコーナーで表紙を見て、一目惚れし、すぐに手を出してしまった。
パラパラと中を見てすぐに購入を決意した。
ちょうど悩み多き頃だったから、イチコロだったのだろう。
対象がインドというのがまたよかったのかもしれない。
本書は妹尾河童氏の細かい手描き文字により文章が綴られている。
そのことも琴線に触れる要因の一つだったのかも知れない。
そして、あの精緻なイラストである。
表紙にはタージマハルをドローン的な目線で描いたもの。
もちろん、当時、ドローンなんてものはない。
氏の想像力と創造力の成せる技だ。
なんでも実際の映像で見ればいいというわけではないと悟されているようだ。
イラストだからこそわかる建物の特徴というものがあり、イラストを描くからこそ観察は詳細を究めるのだろう。
だからこそ想像力を活かした創造に結び付くということか。
コロナ禍で久しぶりに本書を紐解いた。
本書の中には氏が旅した当時のインドが、確かに彼の視線で切り取られ、彼の筆致で再構築されていた。
新型コロナのパンデミックがなくても、本書の収載された風景を味わうことは不可能だったあはず。
そう、本とは案外、再現の効かない一過性の記録なのかもしれない。
いつでも読むことができるし、書いてあることが自由に変転するわけではない。
しかし、それを手にしたタイミングで、その本から読み解けるものは大きく変わってくるもの。
そのことを強く教えられた気がする。
本書は手作り感満載の仕上がりである。
写真からだと味わうことができなかったであろう異国情緒なるものを猛烈に味わうことができるはず。
そして、今の時代にはすでに失われてしまった景観もそこにはある。
さらに、一度喪失してしまったら二度と取り戻せないものがあることも実感させられた。
同様のことは今の日本の景観にも言えることで、都会にも田舎にも当てはまること。
そんなことも突き付けられた1冊だった。
本書を紐解くタイミングはいろいろとあると思うが、コロナ禍の今はまさしきその時であると言える。
今、一読をお薦めしたい1冊である。
(レビュー:休蔵)
・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」