だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『侍女の物語』マーガレット・アトウッド著

提供: 本が好き!

1986年に発表された、近未来のディストピア小説だという。
舞台となっているのは、20世紀末から21世紀初めに北米大陸に出現した「ギレアデ」という国家である。

最終章のあとに「歴史的背景に関する注釈」と題された付録のような章がある。
そこでは、歴史学者が集まって、ギレアデ研究のシンポジウムを開いている。
2195年のことである。
しかもシンポジウムは、もう12回目だ。
ギレアデは、世紀末の北米大陸にあだ花のように咲いた、短命な国らしい。

「歴史的背景に関する注釈」にたどりつくまでに、読者はひとりの女性の長く苦しい物語を読まなければならない。

彼女は、ギレアデの「侍女」という身分の女性だった。
ギレアデでは、女性は「産める女」と「産めない女」に分類された。
彼女は、「産める女」として司令官と呼ばれる権力者のもとに派遣されたのだ。
司令官には妻がいる。妻になれるのは、女性の中のエリートだ。
もし侍女が子を産んだとしても、その子は妻の子となる。

彼女は、人生の初めから侍女だったわけではない。
アメリカのどこかの州の、ごくふつうの市民だったのだ。
大学教育を受け、図書館で働き、自分の財産は自分で管理していた。
妻のある男性を好きになり、彼の子を妊娠し、彼の離婚を待って結婚し、女の子を産んで、家庭を築いていた。

それは、とつぜん訪れた。
深刻な出生率の低下と少子化に、危機感を抱いたキリスト教原理主義者たちが、反乱を起こし、ギレアデ政権を打ち立てたのだ。
不倫や離婚は、教義に反する不道徳なことだった。
彼女の家族は、不道徳な家族として、三人別々にとらえられた。
夫は、処刑されてしまったかもしれない。
娘は、ただ「産む」ためにだけ育てられることになるだろう。
ほんとうのところ、夫や娘がどうなったか、彼女に知るすべはない。

ギレアデ政権が出生率回復のためにとった政策は、「産む性」として、女性を徹底的に管理すること。

侍女は、司令官の子を妊娠するために、女中という身分の女性に奉仕され、小母とよばれる高齢の女性から教育を受ける。
なんだか徳川将軍家の大奥みたいだと思う。
大奥には御庭番の侍がいるが、ギレアデには「保護者」とよばれる男性がいる。

司令官はもう高齢で、女性を妊娠させるような能力は、おそらくない。
それでも、妻は、どうしても自分の子がほしい。
自分の子を、侍女に産ませたい。
妻は、侍女に「保護者」とベッドを共にするように仕向ける。
誰の子かなんて、どうせわかりゃしないから、と。

ここでまた、日本史上のある事件を妄想してしまった。
『淀殿ご懐妊事件』。
秀吉の愛妾・茶々は、豊臣家の子が欲しい正室・おねにそそのかされて、大野治長か石田三成とまぐわい、「太閤様の御子」を産んだのかもしれない、なんて。

「産む女」として、どんなに非道非情な管理をしても、人間だもの、恋に落ちることもあれば愛が芽生えることもある。物語は残酷な悲劇へと進み、彼女は、脱走し、逃亡を助ける人も現れたのだ。

女は、本を読んではならない、
女は、財産を持ってはならない
女に自分の名前なんかなくてもいい

ひどい話だが、それほど珍しい話でもない。
つい最近まで、いやいまでも、そういう差別に苦しめられている人は、この世界にゴマンといるだろう。

そういう性差別の根拠になっているのは、イデオロギーではなく、宗教なのだ。

その昔、平塚らいちょうは、「原始、女性は太陽であった」と、高らかにうたった。
日本神話の日の神が、女神であることをうたったのだろうが、女性解放の根拠も宗教に求めたのかと思うと、なんだか皮肉である。

(レビュー:紅い芥子粒

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侍女の物語

侍女の物語

ギレアデ共和国の侍女オブフレッド。彼女の役目はただひとつ、配属先の邸宅の主である司令官の子を産むことだ。しかし彼女は夫と幼い娘と暮らしていた時代、仕事や財産を持っていた昔を忘れることができない。監視と処刑の恐怖に怯えながら逃亡の道を探る彼女の生活に、ある日希望の光がさしこむが……。自由を奪われた近未来社会でもがく人々を描く、カナダ総督文学賞、アーサー・C・クラーク賞受賞作。

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