【「本が好き!」レビュー】『忘却についての一般論』ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ著
提供: 本が好き!現代アンゴラ文学ときけば、常日頃から“本で旅する世界旅行”を趣味にしている私としては見過ごすことはできない。 と、いいつつも、読み始める前にアンゴラという国がどこにあるのか今一度地球儀で確認する必要はあったのだけれど。
2013年度フェルナンド・ナモーラ文芸賞を、2017年度国際ダブリン文学賞を受賞しているというこの作品は稀代のストーリーテラーとして知られる現代アンゴラ作家による傑作長篇とのこと。 翻訳は 『ガルヴェイアスの犬』で第5回日本翻訳大賞を受賞している木下眞穗さんだからこれまた安心安定&面白いとお墨付きをいただいたようなもの。
ということで、早速アンゴラへと旅だった。
ルドヴィカは、昔から空が苦手だった。 そんな一文から始まる物語は、両親を相次いで亡くして以来、姉の庇護の元に暮らしていたポルトガル生まれの女性ルドヴィカ(ルド)が、姉の結婚に伴い、母国ポルトガルを後にして鉱山技師をしてい義兄がアンゴラの首都ルアンダに所有する高級マンションの最上階に移り住むところからはじまる。
家事一切をひきうけたルドと、姉夫婦と犬一匹の異国情緒溢れる生活が描かれるのかと思いきや、時を移さず、治安が急激に悪化する。 長年にわたりポルトガルの支配下にあったアンゴラでは解放闘争が激化し、1975年ついに独立を宣言するに至ったのだ。 その混乱のさなか、姉夫妻が消息不明になり、外部からの襲撃を恐れたルドは、自宅のドアの前にセメントの壁を築き愛犬のとともに籠城、自給自足の生活を始めるのだった。
そう聞けば、数週間、或いは数ヶ月間の話だと想像するのが“常識”だと思うのだが、その長さなんと27年。 アンゴラが泥沼の内戦状態にあったその間ずっと、誰からも忘れられて、誰にもその存在を知られずに、孤独に暮らした女性の物語だというのだ。
そうであるならば、このタイトルからしても、内省的な物語なのに違いないと、またまた予測を立てて読み進めると主人公であるはずのルドは、部屋から一歩も出ていないにもかかわらず、新たな登場人物が次から次へと現れる。
いったいこの人物が、ルドにどう関わっていくのか? と首をかしげたと思えば、この人まさか、あのときの人では?と勘ぐってみたり。
気がつけば運命の糸はあちこちで交差していてすべては驚くべき大団円へ。
いやはや、全く恐れ入った。 読み終えた直後に、もう一度最初から読み返したくなる。 脇役であるはずのあの人この人にも是非とも聞かせて欲しい物語がありそうで、もうひとつの、あるいはもう2つ、3つの、アナザーストーリーを語って欲しくてたまらなくなる。
あの伏線、この伏線の見事な回収を改めて確認したくなって再び冒頭に戻ってページをめくり始めると人々の行動の背後に長く植民地とされた地域の苦悩や支配してきた側と支配されてきた側の確執や、人種や民族や思想や、その他様々な割り切ることの出来ない葛藤が見え隠れしていることに気づいて圧倒される。
おそらくこの先何度も読み返すことになるだろう作品。
と同時に、訳者あとがきで紹介されていた同じ作者による“ボルヘスの生まれ変わりのヤモリが語り手”だという作品をはじめ早くも次の翻訳刊行が待ちどおしくもある。
(レビュー:かもめ通信)
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