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『うつ病九段』河井克夫、先崎学著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

本書は将棋界の第一人者である先崎学九段がうつ病を発症し、その症状、治療、療養中に考えたこと、将棋や人生に対する思い等を語った原作を漫画化したものです。先崎さんは自分自身の棋士としてのキャリアだけでなく将棋ソフト問題で揺れる将棋界全体を憂い、また将棋をよく知らない人でも知っている「3月のライオン」の将棋部分の監修及びコラムの執筆をするなど八面六臂の活躍、将棋界を背負って立つ一人と目される中、突然うつ病を発症しました。

うつ病の症状はなんとなく知っていましたがこれほどまでとは思いませんでした。漫画なので文章だけでなくうつ病患者の心象風景がイメージとして理解でき大変勉強になりました。なんでも漫画にする風潮はあまり好きではありませんが本書に関してはとても良いと思います。

以前は心の病気と言われたうつ病は現在では脳の病気とされています。その人の心の持ちようの問題だと日本特有の精神論と絡めてある種の偏見がはびこっていた時代が長く続きましたがようやく体の病気と同様に単なる病気という認識が主流となったのはよいことだろうと思います。

それが正しいとすれば近年言われている新型うつ(医学的には定義されていませんが)はなんなのだろうと考えてしまいます。私の会社にも新型うつと思われる人がいました。長期休職後復帰しましたが仕事中はほとんど下を向いたまま誰とも話せないような状態でしたが、休日に家族と楽しそうに笑いながらどこかに出かけていくところを何度も目撃しました。

脳の病気が簡単に良くなったり悪くなったりするわけがなく明らかに先崎さんの例とは異なります。楽しいことであれば心理的な作用が病気の脳に打ち勝つ軽度のうつ病なのでしょうか。治療対象である物質としての人間の体と精神とはどのような相互作用があるのか謎は深まります。

ところで病気体験本というのは通常は罹患したあるいは罹患が疑われる人のために書かれるように思いますが、うつ病に関して言えば本人というよりも周りの人のために必要ではないかと思います。なぜならば普通の病気はフィジカルなものだけに圧倒的に医師の役割が大きく症状や治療法にフォーカスすれば良いのに対し、うつ病の場合には闘病環境や家族知人をはじめとする周りの人の接し方などが直接の治療と同様重要な回復のファクターになるからです。

具体的に言えば通常の精神状態ではないうつ病患者に通常の精神状態の人間が良かれと思う接し方をすることで逆に症状が悪化し、環境にも気を配らないと最悪の場合自殺を防ぐことができない可能性もあります。本書において先崎さんはベッドの上で繰り返しビルの屋上から飛び降りたり、列車に飛び込むビジョンを体験しています。患者の内面でこのようなことが起こっている可能性があることを知っていれば最悪の事態を防ぐことができます。うつ病患者の内面を完全に知ることはできないまでもその心理的傾向は知っておかなければならないということです。

(レビュー:darkly

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うつ病九段

うつ病九段

うつ病で将棋が指せなくなったプロ棋士がドン底から現役復帰するまでの軌跡を綴ったベストセラー体験記をコミカライズ。

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