だれかに話したくなる本の話

実はスゴすぎるアリの社会 「それぞれの持っている能力が最大限引き出されて達成」

人間とアリが話して交渉する未来がやってくるかもしれない――。
「アリ先生」村上貴弘さんの話を聞くとそんなことを思わせてくれる。

アリの社会は私たち人間が想像する以上に多様で奥深い。そしてなんと音でコミュニケーションを取っていたりもするというから驚きだ。

アリの音を分析し過ぎて「アリ語で寝言を言ってしまった」という、九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授の村上先生に、上梓したばかりの『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社刊)についてお話をうかがった。
ここでは、アリの生態が人間社会に対して与える影響について聞いた。人間とアリの関係を調べていくと興味は尽きない。

(取材・文:金井元貴)

■人間の社会にも応用されるアリの社会と生態のすごさ

――前半ではアリ同士のコミュニケーションについてお話をうかがいましたが、アリの社会の奥深さにも興味がわきます。巣を守るナベブタアリや、貯蔵役を果たすミツツボアリなど、それぞれの役割を担うだけのアリもいて、役割分担がしっかりされているのだなと。合理的ですよね。

村上:私たち人間から彼女らを見たときに、扉役、貯蔵役で一生を終えると聞くと「それでいいのだろうか」と思ってしまうかもしれません。でも、以前テレビ番組で共演した又吉直樹さんがおっしゃっていたのですが、我々はそれを奴隷のように思うかもしれないけれど、コロニーの中では英雄というか、重要な役割を担っているというわけです。そう考えると彼女らの仕事というのはアリ社会全体において大切だなと。

また、アリ社会の合理性というのは、個々のアリの自由度を削って達成されているわけではなく、個々は自由に動いているけれど全体を俯瞰してみると最適化されているという社会を形成しているんです。

――それは一体どういうことでしょうか?

村上:一般的なアリ社会のイメージは統治者の女王アリが指令を出し、それに基づいて働きアリが動くというものだと思います。でも、実際、女王アリは何も指令を出さず、敵が襲ってきたときに全員止まれと警告を出すくらいで、基本は産卵に特化している機能体に過ぎないんです。

一方で、働きアリは個々である程度の判断基準を持っていて、いろんな環境下で判断して動き、音や匂いで情報共有をしているんですね。だから、コントロールされていると一見見えるような社会ですが、実はトップダウン型でもボトムアップ型でもない、一匹一匹の個体の持っている能力が最大限引き出されて達成されている社会なのだと思います。

――アリの社会構造を分析していくと、社会学のような他の学問にも応用できそうですね。

村上:そうだと思います。社会学だけでなく、数理学の世界でも「巡回セールスマン問題」という組み合わせの最適化問題を解くのに、蟻コロニー最適化の手法が使われたりしています。その仕組みが物流や人工衛星の軌道にも応用されていて、今後もアリが作り出しているシステムが人間社会に活用できるということは十分にありえますね。

――まさにアリの研究は未来につながる研究です。

村上:日本は、こういう実学からは少し遠いけれど、ブレイクスルーを生むかもしれない研究には寛容なんです。他のアジア圏はもっと実学を要求されます。そこは日本社会にまだ余裕があるのかもしれませんね。

■人間とアリの文化的な関係――食文化について

――本書の中で村上先生がハキリアリの巣の中にある菌糸状のキノコを食して「ただただカビ臭く、まずい」と感想を吐露しています。アリを研究する上で、アリ自体を食べるということはあるのですか?

村上:あります。人間とアリの関係性を考えるときに、人間の食文化におけるアリの位置づけはすごく興味があるのですが、実はハキリアリは中南米でよく食べられるんですよ。

女王アリが20年ほど生きて卵を産むので、長寿や子孫繁栄の象徴として祝祭的なセレモニーの中で出されたりしますし、メキシコだと高級料理店なんかで女王アリの幼虫が出されたりしますね。

――結構おめでたい存在なんですね。

村上:そうですね。日本のように「ゲテモノ食い」のようなイメージはないです。中南米や東南アジアにはこういう食文化もあるということで、真の教養を身につけておくといいと思って、学生に食べさせています(笑)。

――ハキリアリ研究ではパナマに行くことが多いようですが、アリだけでなく、現地の文化も合わせて研究していらっしゃるんですか?

村上:そうです。特にハキリアリが現地の人たちの文化にどう根付いているのかということはすごく興味があります。

中南米の主食穀物であるトウモロコシは、どうやらハキリアリの行動を人間が観察して見つけた作物なんじゃないかと言われているんです。5000年も前にアリを研究する人がいて、それがトウモロコシの発見につながり、農業の発展をもたらしたというのは現代でも通じる話じゃないかなと思いますね。

■ヒアリを正しく恐れるために

――アリ研究の醍醐味について教えてください。

村上:アリって身近ながら意外と知られていないことが多くて、最近の研究でどんどん新しい実態が明らかになるので、それを人に話すと驚いてくれるのがやりがいを感じる部分ですね(笑)。分かっていないことを解明したところの喜びが大きい生き物です。

――まだ研究されていない余地がたくさんあるわけですね。

村上:はい、余地だらけです。

――本書の第6章では「ヒアリを正しく恐れる」として、1章分かけてヒアリの生態や啓発を書かれていますが、これはヒアリも研究されている村上さんだからこそ伝えたいと思ったのですか?

村上:この本のほとんどはアリ研究の楽しい部分を書いてきましたけど、日本社会の中でのアリ研究の位置づけとして、特定外来生物に指定されている「ヒアリ」は重要な存在ですし、どうしてヒアリが日本に上陸しただけで大きな問題になったかを紐解いていくと勉強になるので、ぜひお伝えしたいなと思って書きました。

――ヒアリは「殺人アリ」として知られていて、日本で発見されるとすごくニュースになりますよね。村上さんはそんなヒアリに60回以上刺されたそうで…。

村上:アルゼンチンでヒアリの調査するのですが、もちろん最初は刺されないように気を付けるんですよ。でも気温35℃を超える暑さの中でヒアリの巣を崩していると、だんだん巻いていたテープが緩んで刺されてしまう。

――ヒアリに刺されるとすごく痛いと聴きますが、村上さんは「中の上の痛さ」と書かれています。

村上:はい、ヒアリは毒の強さにしても、痛さにしても、「ものすごく痛い」部類では実はないんです。もちろん痛いですけれど(笑)。

一番痛いのは世界で最も大きなハリアリの仲間「パラポネラ」です。刺されると、まず5、10分は確実に動けず、ずっと悶絶しています。二度と刺されたくないアリですね(笑)。

――想像を絶する痛さですね…。ちなみに、ハキリアリの鳴き交わしを分析していたときに、寝言でアリ語を話していたのを娘さんに聞かれたそうですが、その後は寝言で話したりはしていませんか?

村上:いや、あのときに「寝言でアリ語しゃべっていた」と言われてちょっと怖くなりまして(笑)なるべく夜は解析しないようにしています。娘も怖がっていますからね。

――『アリ語で寝言を言いました』をどんな人に読んでほしいとお考えですか?

村上:初めて一般書を書かせていただいたので、なるべく多くの方に手に取ってほしいと思っています。

小学校高学年くらいから読める内容だと思うので、こういう風な研究があるんだということを知ってほしいし、後は今、よく「持続可能性」と言われていますけれど、他の生き物がどのように持続可能性のある社会を作っているのか、学ぶことができるはずです。もちろんそれがすぐには人間社会に応用できるとは思っていませんが、仕組みを知ることだけでも大事なことだと思いますね。

――アリの生態や社会から学べることはたくさんあるのだろうなとこの本を読ませて思いました。

村上:そうですね。アリの社会の中に、私たち人間にとって次の社会を作るヒントがあるのかなと思います。

(了)

アリ語で寝言を言いました

アリ語で寝言を言いました

熱帯の森を這いずり回り、60回以上ヒアリに刺されまくった「アリ先生」による驚愕のアリの世界

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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